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イギリス人の頭の中のウェスタン。『スリー・ビルボード』

『Three Billboards Outside Ebbing, Missouri』★★★・。(星3ツ/4ツ星満点)

 『セブン・サイコパス』のイギリスおよびアイルランド人劇作家、マーティン・マクドナーによるオリジナル脚本・監督作のタイトルは、長い。字面通り3枚の大型ビルボードを中心に展開する田舎町のサスペンスを描く本作には、マクドナーと馴染みの深いキャストとスタッフが集結している。予告編を見れば分かる通り、地に足がついているようでいて、エッジとシニシズムの利いたフィクションであることに留意されたい。

同作の映画賞サーキットでの評判は、最上級に高い。2018年度ゴールデン・グローブ賞でも作品賞を含む6部門でノミネートを獲得し、授賞式の発表を待つ。主演のフランシス・マクドーマンドは全米俳優組合賞(SAGアワード)でも評価されており、AFIアワードでは今年最高の映画10本に選出。本年度のアカデミー賞でも、複数の部門でショートリストに乗ることが確実視されている。

制作に要したのは$12Mと言われているが、P&A費と合わせて製作総額が現状の興行収入$22Mと釣り合っているかは、定かでない。しかし賞レースを通したアワード・ブーストが効けば、ゆくゆくは十分に有意義な企画だったと評価することもできるだろう。

[物語]

ミズーリ州エビングの田舎町に暮らすシングルマザー、ミルドレッド・ヘイズ(マクドーマンド)。彼女は、性的暴行を受けた末に殺害された娘・アンジェラにまつわる事件が迷宮入りしかけていることに業を煮やしていた。ある日、事件現場を車で通り過ぎたミルドレッドは、使われずに寂れた3枚のビルボードに目を留める。それらのビルボードの使用権を一年間確保すると、彼女は刺激的な文言を掲げることで地元警察を煽ることにする。

[答え合わせ]

組織に頼ることを許されず、あるいは組織の権力に逆らって正義を貫く「孤独なカウボーイ」を描くには、現代のアメリカ中西部以上に相応しい土地はないのかもしれない。昨今の時流のど真ん中を行く作品として本作を見るのも、わかりやすい解釈ではある。特に、強力なプロタゴニストを描くにはキャラクター数と舞台を絞り込むのがもっとも効果的だ。外界とほぼ断絶した権力構造と人間関係に注目するには、アメリカ中西部の偏屈さがしっくりくる。

しかし本作の特徴は、当のアメリカ人が描くであろうネオ・ウェスタンとは微妙な温度差があるということだ。そこには、ロンドン出身のマクドナーが描く「現代アメリカ」がある。それゆえに、当のアメリカ人や居住者にとっては、もっとも根深いトピックへの踏み込みが浅く感じられてもおかしくない。どこか非アメリカ的なのだ。

よりローカルなアメリカ映画だったなら、人種問題とプロットとの関わりはもっと深くなければならなかったろう。しかし本作で示されるミズーリ州エビングの全容は主に白人同士の間でのみ展開していて、有色人種たちの位置づけがはっきり描かれない。あるのは警察署長の健康事情、マザコン警官の飲酒問題、街に1人の小人症の劣等感、そして離婚夫婦の不仲。もちろん、アフリカ系アメリカ人キャラクターも問題解決のカギを握っている。けれど不思議なことに、激しい人種差別主義者もキャラクターのうちに含まれているにも関わらず、キャラクターの人種差別にまつわる言動が物語の主軸を前に進めることがない。

一方、プロットの要所で起きる事件は、派手を通り越して突拍子がない。そしてミズーリ州の田舎町にも関わらず、言動に都会じみたキャラクターも多い。辺境の町の物語にも関わらず、アメリカ人のトラッシュさ加減がおとなしいのだ。そしてサム・ロックウェル演じるトラッシュな白人警官も、人種差別主義者としての側面に焦点が十分に当てられていない。主要登場人物に黒人がいないからでもあるのだろう。アメリカ的な装いなのだが、どこかアメリカらしくない。

脇役のキャラクターづけにも、笑いをとろうと努めているかのような必死さが垣間見える。それらの過度な演出が、主軸のシリアスさとのギャップを生み出している。映画そのもののトーンに、ばらつきがあるのだ。その点を飲み込めるかどうかに、本作の突飛なアークを楽しめるか否かが変わってくる。

ただ、そんな大筋での特徴を軽く吹き飛ばすくらいに、キャストのパフォーマンスが際立つ映画でもある。フランシス・マクドーマンドに長台詞を言わせたが最後、スクリーンに食いつかずにはいられない自分がいる。要所で笑いをとるロックウェルの存在感も、南部訛りのくせに知性をのぞかせるウディ・ハレルソンの人懐っこさも、観客の集中を切らせない。『マンチェスター・バイ・ザ・シー』でアカデミー賞にノミネートされた若手、ルーカス・ヘッジズも見逃せないし、本作にはピーター・ディンクレイジの演技も拝めてしまうからお得だ。

演出には空間よりもパフォーマンスを捉えようとする寄りのショットが多いが、終始、落ち着いたカメラワークが見られる。ただ、中盤に登場するシカのシーンの浮いた印象は拭えなかった。

非アメリカ人が描くネオ・ウェスタンとして、キャストのパフォーマンスを楽しむべき、個性的なドラマ作品。

**[クレジット] **

監督:マーティン・マクドナー
プロデュース:グレアム・ブロードベント、ピーター・チャーニン、マーティン・マクドナー
脚本:マーティン・マクドナー
原作: N/A
撮影:ベン・デイヴィス
編集:ジョン・グレゴリー
音楽:カーター・バーウェル
出演:フランシス・マクドーマンド、ウディ・ハレルソン、サム・ロックウェル、ピーター・ディンクレイジ、ルーカス・ヘッジズ
製作:フィルム4・プロダクションズ、フォックス・サーチライト・ピクチャーズ、ブループリント・ピクチャーズ、カッティング・エッジ・グループ
配給(米):フォックス・サーチライト・ピクチャーズ
配給(日):20世紀フォックス映画
配給(他):N/A
:115分
ウェブサイトFox Searchlight Official Website

北米公開:2017年11月10日
日本公開:2018年02月01日

鑑賞日:2017年12月04日14:00〜
劇場:Pacific Theaters Glendale 18

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