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輝かしい若さの結晶 ハーディング/東京都交響楽団の「巨人」

久しぶりのコンサート日記。

プライベートがバタバタし過ぎて、チケット買ってても行けないことばかり🥲

4/20のムーティの「アイーダ」以来ですよ、コンサート行けたの……。

全然コンサート聴いてないから偉そうにレビュー書くのもどうかと思うけど、まあそれも込みで楽しんでますので😛

今回も2部構成。愚痴を聞きたくない方は1部は飛ばしてください。

今日の「ダーウィンが来た!」

以前「コンサートホールは魑魅魍魎の館」という鑑賞マナーの悪い客の批判コーナーを設けていたが、最近のコンサートホールは「動物園」と化してきてる感もある(行きの電車の中でも、カップアイス食べてる女に遭遇してびっくり)。

こんなことを書くと動物愛好家に叱られそうだが、私は環境破壊しまくってる人間こそ動物ヒエラルキーの最下層だと思ってるので、決して動物を下に見ているわけではないです。あしからず……😅

第1楽章の途中で、2階Cの前方から一斉に緊急地震速報が鳴り出してびっくりした。
一人や二人の音量ではなかった。怪獣の目覚まし時計が鳴り出したのか?と思うようなザワザワした音の後に「緊急地震速報です」のアナウンス。

2階C前方いうたらS席やろ? 招待客か? 演奏中くらい電源切っとけ!😓

PやLA・RAの方がマナーがいいのである(自腹でチケット買ってるガチオタク率高め)。

第3楽章では2階RBあたりで鉄の棒が落ちるような激しい落下音。

何やねん。初共演やぞ😓

かつて「日本の聴衆は世界一鑑賞マナーがいい」と言われたこともあったそうだが、今は大変なことになってます😭

携帯の電源すら切らない奴に芸術を語る資格はなし。

演奏会の感想


ベルク:7つの初期の歌
マーラー:交響曲第1番 ニ長調 「巨人」

指揮:ダニエル・ハーディング
ソプラノ:ニカ・ゴリッチ
管弦楽:東京都交響楽団

完売公演だけあって、客席はほぼ満席。団員入場時から拍手する人が多い。

今日のオーケストラは対向配置。コントラバスが左奥にある。

対向配置はすっかりブームが過ぎたのか、最近は珍しくなった。
対向配置のマーラーを聴くのはあまりなかったかもしれない。

先日、高関健の指揮で対向配置の「エロイカ」を聴いたところ、2ndヴァイオリンとヴィオラで担当してる旋律が全然違うので、自ずと立ち上がってくる響きも変わってくる。
配置が違うと全く違う音楽になるのだと思ってびっくり。

さて、歌曲だが、以前ノット/東京交響楽団でも聴いたことがある。

このときのコンマスはもしかしたら今日のコンマスの水谷晃さんだったかもしれないが、ベルクは今回の方がよかった。

私は一時期コジェナーやフォン・オッター、エルトマンといった女声歌手のリサイタルに積極的に行っていたが、最近はすっかり声楽はご無沙汰。

だからあまりわかってないのだが、今日はオケのニュアンスが繊細で、ソプラノも表情づけが細やかだった。
音域は違うけど、コジェナーのような深みのある歌唱だと思った。素晴らしい。

カーテンコール4回ほど。

休憩で男性トイレに長蛇の列。

もはやブルックナーだけではない、って戦後のキャッチフレーズみたいだが、クラシックコンサートの高齢化・男性率増加は社会問題になっている。

40過ぎの私もいい年した中年だが、そんな私よりも「人生の先輩」ばかりが並んでいる。

ほとんど若い男性を見かけなかった。若い女性の方がまだ多かったですね。

閑話休題。後半の「巨人」を楽しみにしていた。
前回聴いたのいつだっけ?と考えたらこれだった。

神奈川県民ホールの音響のデッドさにびっくりした。

2階席最前列で聴いたのにオケの音がダイレクトに届いてこなかったからね😂

さて、ハーディングはどうか。

振り始めの手の動きが繊細だ。この辺の緊張感は能の舞にも似たものを感じる。

あのチェリビダッケの指揮だって、YouTubeで見るとかなり細かい手の動きをしている。それでこそ、あの緊張感や繊細なピアニシモが生まれるのだろう。

ラジオ体操みたいに腕を振り回して簡明なキューを出すような指揮からは幽玄な響きは生まれない。

第1楽章を10数分過ぎたあたりで、冒頭に書いた緊急地震速報の乱発。

さすがに指揮者もイラついたのか、棒の振り方に荒さが出てしまったのだろう、オケの響きやフレージングが途端に荒々しくなってしまった。

音楽はナマモノだと痛感した。待望の初共演がこんな客席で申し訳ないかぎり😔

第3楽章の冒頭のコントラバスは首席の池松さんが一人で弾いていた。ソロで弾かせるのは珍しいかな?

音量的にはぴったりで、ハーディングの狙いは成功していた。
今回オーケストラは、ハーディング版とも言うべき書き込みの多いパート譜を使用したようだ。

久しぶりに聴くせいもあるが、タムタムの存在感などが面白く感じ、マーラーの管弦楽法の妙味に魅せられた。

第4楽章にいたってようやく客席の集中力が増した。ハーディングの激しい棒の動きに合わせて、オーケストラが自在に音楽を奏でる。

各声部がクリアーに浮かび上がる解像度の高さが魅力的だったが、だからといって人工的に陥ることはなく、常にパッションが迸っている。

数日前にこちらの第4楽章を聴いた。

ハーディングの最新録音だが、マラ9なのに思い入れを排してインテンポ気味にサクサク進むので、クールな指揮者なのか?と思っていた。

それが今日聴いたら、歌わせるところはたっぷり歌わせていて、決してハイテンポ&クール系のマーラーではなかった。

今日の「巨人」を一言で評するなら、「若さ」である。

アバドやラトルの薫陶を受けた天才青年もすでに48歳。
マケラが今日みたいなマーラーを聴かせていたら本当に天才だと思っただろう。

第4楽章、音楽の凝縮度が素晴らしかったが、後半の経過句でヴィオラがギャロップ走法のような弾き方もしたのもハーディングの工夫だったのだろうか。
青年が馬に跨って勇壮に駆けているのが見えるようだった。

後半にコーダの爆発的な主題が先んじて出てくるが(いかにもスコア読んでない人の書き方😂)、その2つの大爆発のあいだのしみじみした場面で涙が込みあげてしまった。

若さとは、無謀だったり、無知だったり、愚かだったり、不躾だったり、乱暴だったりする。

今日、ハーディングがマーラーの音楽を通して見せてくれた「若さ」は、そういった負の側面の一切を削ぎ落とした純度100%の美しさ、輝かしさだった。

若さは失って初めてわかるものかもしれない。10代20代の私が今日の演奏を聴いてもここまで感動はしなかったかもしれない。

それでも今日の「巨人」を若い人たちに聴いてほしかった。

物分かりのいい人間にならなくていい。
若さは無限の可能性を秘めている。

そう、マーラーの音楽は語っていた。

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