小さなウサギのひな人形を買った。 本来、ひな人形とは女の子の幸せと健やかな成長をねがうもの。 もう、ひとりぐらしをして働いている大人の私には縁がないはずだった。 でも、自分だけのおひなさまがずっと欲しかった。 実家には立派なひな壇の飾りがあった。 お母さんが買ってもらったというひな人形は毎年、2月になると飾られ、ひな祭りが終わるとそそくさと片付けられた。 だけど、それはお姉ちゃんのため、と子供心になんとなく思っていた。 お母さんは「美桜(みお)と弥生、二人のためだよ」
ばあちゃんの家、と言うと家の前にあった木を思い出す。 何の木だったのかわからないが、黄色い花をつける木だった。 兄弟や従兄弟の中で、子供の頃から勉強もスポーツもぱっとしなかった俺だったけど、ばあちゃんだけはいつも優しかった。 ばあちゃん家に行くと、その黄色い花をよく眺めていた。 「ばあちゃん…。苦しいかもしれないけどもう少し待ってくれ」 大学4年のときのことだった。母親からばあちゃんが危ないと連絡を受けた夕方。俺は車で実家のある街の病院に向かっていた。 俺が大学に入って、実
夏がきらいになった、あの日。 子どものころから夏は好きだった。 スイカ、花火、アイス、縁日。たのしいこといっぱい。 幻燈のような、淡い夢のようなまいにち。 力強い陽ざし、土のにおい。揺れる木の葉のみどり。 ジュースを入れたガラスのコップの、とうめいな青、緑。 熱気を引きずるように日が沈めば夜の匂い。 今日はどこの縁日だっけ。 人いきれ。たこ焼きや綿菓子のこうばしい匂い。金魚の朱、電球のゆれる光。 窓から入る涼しい風にあたりながら、いつの間にか寝入っていた。 秋が来て冬
「受験っていろいろ大変なんだよ。高卒のくせに口出さないで」 大学受験を控えていた帰り道。バスの中で発売になったばかりの漫画を読んでいたところを母に見つかった。単語帳を読んでいた子もいたのによく漫画読んで平気だねと言われて、むかついて思わず口走った。 志望校合格のために成績がぎりぎりなのは分かっていた。毎日毎日プレッシャーの中で勉強していた。合格できなかったらどうしようという不安の中、とにかく、1分1秒でも多く勉強するしかなかった。推薦で合格が決まったり、授業時間の少ないク
「終わりに、しよう」 秋も深まった10月。学校からの帰り道。私は自転車を押して並んで歩く彼に告げた。 彼が、東京の大学に推薦で合格したと知った。おめでとう、よかったね。の後に出てきた言葉は、別れの言葉だった。私は栄養士になるため、地元の女子大に進学すると決めていた。受験に向けて追い込みの時だった。 日が短くなり、夕方というのに夜のように暗い。加えて私は前を見たままだった。顔を、見ることはできなかった。 しばらくどちらも何も言わず歩いていた。私の心の中で、不意に出た今の言
なんだかんだあって時間ができたので、自分のプロフィールを書いてみた。今の仕事である、こぎん刺しのテディベアを作るまで、ということに関係した経歴だけ拾ったので、幼稚園や小学生の時の記載がないなど偏っていると思う。全部書くと長くなるし、子供の頃の記憶はあまりないので書けないというのが正直なところ。 札幌生まれ。弘前大学大学院地域社会研究科(後期博士課程)修了。 高校までは、大学で英語を勉強しようとなんとなく思っていた。が、その英語を使って海外の人に伝えるべき日本の文化を知る方
私は札幌生まれで弘前に10年住み、その後東京で暮らして今にいたる。こぎん刺しを取り入れたテディベアの製作販売を通じて、弘前を知ってもらったり興味をもってもらいたいと活動している。 しかしたまに、アイデンティティが弱いように感じる。生まれたのは津軽でなく北海道で、現住所は東京。ずっと住んでいる人、いま住んでいる人に比べたら、弘前にこだわる理由やこぎん刺しを使う意義が弱いかも、と。 しかし10年住んでいて毎年1回は行っていると、普通の観光客よりは詳しい。大学では歴史を専攻して
総刺しこぎんクマはこぎんを全体に施した「総刺し」の布を使ったテディベア。型紙はもちろんデザイン、こぎん刺し、縫製などすべて一人で手作業で作っています。 kogin*bear styleの看板アイテムとして2013年誕生。今年7周年を迎えました。 大きな特徴は、目鼻を付けていないこと。 よりスタイリッシュになり、こぎん模様や本体の色がよりシンプルに楽しめます。 だけど、手足と首の動きで作るポーズはどこかユーモラスで、機械的な雰囲気を和らげてくれます。 今日はその総刺しこぎん
獅子は、険しい谷から我が子を突き落とし、 子が這い上がってくると再び突き落とす。 それでも登ってきた、本当に強い子だけを育てるという。 父の獅子に突き落とされ、子獅子は必死で這い上がる。 身体は小さく足の力はまだ弱く、必死に崖を登るも何度も滑り落ちてしまう。傷だらけの全身が疼き、痛む。 それでも、登らないといけない。登らなければ。 その一心で必死に這い上がっていた。 この子獅子、本当は羽を持っていた。 地を駆ける四肢の力は弱くても、天を翔る事ができる。 そのことは子獅
はじめまして。ずっと気になっていたnoteを始めることにしました。 私は手芸家こひろ。kogin*bear style(コギンベアスタイル)の名前でこぎん刺しのテディベア作家として活動しています。札幌出身、弘前在住を経て今は都内に住んでいます。テディベアは高校生くらいから作り始め、2011年から本格的にオリジナルのベアを作るようになりましたが、自分らしさを出したいと思い、弘前で知った刺繍「こぎん刺し」をテディベアに取り入れました。その第一号がこの「くろすけ」です。 201