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ごめんなさいが言えないままに

「受験っていろいろ大変なんだよ。高卒のくせに口出さないで」

大学受験を控えていた帰り道。バスの中で発売になったばかりの漫画を読んでいたところを母に見つかった。単語帳を読んでいた子もいたのによく漫画読んで平気だねと言われて、むかついて思わず口走った。

志望校合格のために成績がぎりぎりなのは分かっていた。毎日毎日プレッシャーの中で勉強していた。合格できなかったらどうしようという不安の中、とにかく、1分1秒でも多く勉強するしかなかった。推薦で合格が決まったり、授業時間の少ないクラスの同級生たちは「高校生活最後の思い出作り」として、ちょくちょく集まっては遊びに行っていた。私は遊びに行くことすらできないのに、学校や家に着いたら息つく間もなく勉強なのに、短い移動時間で息抜きに漫画を読むことの何がいけないのだろう。

結果、私は無事に志望校を合格し、入学を機に実家を出た。大学生活を送るにつれて、なんとなく両親に対して後ろめたい気持ちが残っていた。

私が学校に通えているのは、両親が学費を出してくれているからだ。自分で学費を賄うことができないのに、「高卒のくせに」などといってしまった。謝りたいと思いつつ、時を逸していた。そのまま時間だけが流れた。

就職も敢えて東京を選んだ。地元でもできない仕事ではなかった。「若いうちに一度は東京で暮らしてみたい」というのが表向きの理由だったけど、実際は実家から通うことに抵抗があったから。やはり、引っかかっていたのだ。そんな気持ちを抱えたまま、母と暮らすのは気が重かった。さっさと謝ってしまえばよかったのだ。でもできなかった。どうしても。

就職して働き始めて数か月たったある日、父親から電話があった。大事な話があるから、休みに家に戻ってきてほしい、と。なんだろう、誰か具合が悪いのだろうかと訝りつつ、週末に帰省した。とは言っても、実家には電車で1~2時間もあれば着く。

久しぶりに帰った実家は、なんだかやけに静かだった。そして顔を合わせるのは正月以来の父親はどこか力が抜けたような、やつれたような表情だった。そしてどうしてか、母はいないようだった。

今のテーブルに座ると、すぐに切り出した。

「話って、何」

「実は、お父さんとお母さんは離婚することになる。お母さんは、しばらく前からおばあちゃん達の家に帰っている」

「えっ…」

寝耳に水だ。母が家にいないことも知らなかった。そういえばもうずっと連絡はスマホでしていて家の電話にもかけていなかった。荷物や郵便はもちろん母の実家ではなく、家の住所が書いてあったから、よけいに気付かなかった。

「急なことで驚いたかもしれない。でも、前から母さんから、お前が社会人になったら、自分のための人生を生きていきたい、と言われていた。最初に聞いた時は、父さんも驚いたしショックだった。でも、よくよく考えたら仕方がない、と思った。家のことも、お前のことも全部、母さんに押し付けたままで、母さんの話を聞くことも、一緒に出かけることもしなかった。…もう、自由にさせてやるべきなんだなと思ったよ。お前にしてみたら突然の話だし、ショックもあると思う。だけど別れても、父さんはお前の父親だし、母さんはお前の母親だ。そこは母さんも同じ考えだ。さっきも言ったように母さんは、ばあちゃんのところにいるから、いつでも訪ねていっていいし、困ったことがあるなら何でも相談してほしいと言っていた」

「…そうなんだ」

あの、大学受験の時。母の棘のある言葉は、日々の苛立ちが出てしまったものだったのだろうか。日々の家事に追われ、自分に関わってくれない夫。子供の受験への心配。家族と一緒に暮らしながら、母は孤独だったのかもしれない。

そんな中で、娘から投げつけられた「高卒のくせに」という言葉。母は好きで高卒で終えたわけではないのかもしれない。本当は進学したかったのに、さまざまな事情で叶わなかったのかも知れなかった。

「お母さんに、会いに行ったほうがいいのかな…今まで心配かけて、育ててもらったのに、私何もできてなかった」

「親が子を心配して育てるのは当たり前のことだ。気にすることはないが、会いに行ってやったら母さんも安心するだろう」

母に会いに行こう、と思った。そしてちゃんと謝らないといけない。母の気持ちも状況も何も理解していなかったことと、あの言葉を。

何もかも、してもらうのが当たり前で、今まで何もできてなかった。でも今度は大人になった私が、母のために何かしてあげたい。

両親の離婚が突然起こったように、いつ当たり前が当たり前でなくなってもおかしくないのだから。

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文章の初出はブログ(2019.4.19)。一部改訂してnoteに載せました。
http://kurosuke3796.hatenablog.com/entry/2019/04/19/073620

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