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弥生

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小さなウサギのひな人形を買った。
本来、ひな人形とは女の子の幸せと健やかな成長をねがうもの。
もう、ひとりぐらしをして働いている大人の私には縁がないはずだった。

でも、自分だけのおひなさまがずっと欲しかった。
実家には立派なひな壇の飾りがあった。
お母さんが買ってもらったというひな人形は毎年、2月になると飾られ、ひな祭りが終わるとそそくさと片付けられた。

だけど、それはお姉ちゃんのため、と子供心になんとなく思っていた。
お母さんは「美桜(みお)と弥生、二人のためだよ」と言っていたけど。
実際は、25歳で結婚したお姉ちゃんに女の子が生まれて、受け継ぐことになった。

四月、桜が満開のころに生まれたお姉ちゃんは5つ上、名前は美桜という。
名前の通り美しく愛らしく、お姫様のようだった。

幼いころから誰にでもかわいがられて、そんなに勉強しなくても成績もいい方だった。
流行にも敏感で、みんなのあこがれの存在。

そんなお姉ちゃんを前にすると、「いいよ別に、私は」という思いでどんどんそっけなくなっていった。
あまりかわいげがない子供だったと思う。
だけど、お姉ちゃんのことは嫌いにはなれなかった。

私が20歳の時にお姉ちゃんは高校の同級生と結婚して、次の年には女の子が生まれた。
そのころの私はインターンや就活が始まり、決まってからは卒業研究にと忙しく、入社してからは仕事を覚え、こなしていくのに必死だった。

就職が決まったとき、私が家を出たのは、私が家にいてもお姉ちゃんの代わりにならないから。
もともとドライで女の子らしさがない上、大きくなって末っ子という印象も薄れて、お父さんもお母さんも、私を目の前にして「美桜がいたらなぁ」という気配を隠せていなかったから。

そんな私が一人で暮らして一年。正月気分が抜けたころ。
ふと、私だけのひな人形が欲しくなった。
大きくなくていい、むしろ小さくていい。

お姉ちゃんも私も家を出て、別々の人生を歩んでいる。
もう、お姉ちゃんにも実家にもとらわれないで、自由に私らしくしていいんじゃないかと思えたのかもしれない。
そんな時に見つけた、ウサギのおひなさま。
だれとも比べられない、私らしい感じがした。

私が生まれた三月、「弥生」を少しは好きになれるかもしれないと。

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