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夏の魔法

夏がきらいになった、あの日。

子どものころから夏は好きだった。
スイカ、花火、アイス、縁日。たのしいこといっぱい。
幻燈のような、淡い夢のようなまいにち。

力強い陽ざし、土のにおい。揺れる木の葉のみどり。
ジュースを入れたガラスのコップの、とうめいな青、緑。

熱気を引きずるように日が沈めば夜の匂い。
今日はどこの縁日だっけ。
人いきれ。たこ焼きや綿菓子のこうばしい匂い。金魚の朱、電球のゆれる光。
窓から入る涼しい風にあたりながら、いつの間にか寝入っていた。

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秋が来て冬になり、桜の春を迎えて。
季節を重ね成長するにつれ、私は自分がどこにでもいる子でしかないと思い知っていった。
美人でも賢くもなく、特に秀でたものもなく。
かといって悪ぶることもない、目立たない子。

それでも、まいとし梅雨が明け、夏の気配を感じると、そんなふつうの私が、ありふれた景色が、キラキラと希望に満たされていくように思えた。
まるで魔法のように。

大人になると夏は、子どものころのそれとはちがい、きらびやかになった。

海、バーベキュー、ビアガーデン。
肩の出るワンピースに新しいサンダル。
カラフルなフットネイル。鮮やかなリップ。

子どものころのワクワクは、開放的なドキドキに変わっていた。

そんな季節に出会った彼。
会社の同僚だった。かっこよくて仕事もできて社内でも人望があって。
そんな完璧な人が、ただふつうなだけの私を選んでくれた。

気がついたら連絡をするのはいつも私からだった。
忙しい彼と社外で会うのは、たまに仕事終わりの夜がやっと。
それも駅近くの居酒屋で2,3時間、雰囲気もなにもない。
急に連絡が入って会社に戻ってしまうこともあった。

それでもよかった。目の前に彼がいて動いてしゃべって。
その時だけ、いちばん近くで見ていられる。
それだけで幸せだった。

7月に入ったある日、最後の日曜日にある花火大会を見に行こうと約束をした。彼もこの時期なら仕事も落ちついているし、ゆっくり一緒にいられるから、と。

その約束をしてから、楽しみで楽しみで待ち遠しくて、私は念入りに準備をした。
似合う浴衣を選んだり、ネイルや小物を決めたり。
嫁入り支度のように週末ごとにあちこち出歩いたり、準備したり。
夢中でスタイルを探してふと目をやると、びいどろのグラスが、
白いテーブルにステンドグラスのように色とりどりのすきとおった影を落としていた。

とにかく一番、きれいな姿を見せたかった。
夏の魔法をかりて。

だけどその日、彼は約束の時間になっても現れなかった。
不安になりつつも、とりあえず会場で待とうと、ひとりで花火を見ることにした。打ちあがる花火に目を奪われつつ、かごバッグに入れたスマホを気にしていた。
やっと彼からメッセージがきたのは、花火がほぼ終わるころ。
「ごめん、急に休日出勤になった。とりあえず終わったから今から会える?」

結局、職場近くの居酒屋で合流した。
私が席にすわると、謝りながらも休日出勤になったいきさつと愚痴を一気に話し出す彼。
私のことは見てもいない、みたいだった。

「ずっと、楽しみにしてたんだよ…」
「ごめん、本当にごめん。本当に急に今日の夕方になって連絡来てさ、どうしても緊急だっていうから…」
そしてまた、先ほど聞いた話にもどっていった。

暑苦しい白熱灯、騒がしい店内。ビールジョッキの水滴。
私、どうしてここにいるんだろう。いたたまれなくなって、うつむいた視線の先に、淡い水色のネイル。
涼やかな清流のような水色。その水に近づくように視界がにじんで。

魔法がとけていく。
そして、二度と効くことはなかった。

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この物語はフィクションです。画像のクマはiichiにあります。
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