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Branch road~ライラックの咲く街で

「終わりに、しよう」

秋も深まった10月。学校からの帰り道。私は自転車を押して並んで歩く彼に告げた。
彼が、東京の大学に推薦で合格したと知った。おめでとう、よかったね。の後に出てきた言葉は、別れの言葉だった。私は栄養士になるため、地元の女子大に進学すると決めていた。受験に向けて追い込みの時だった。

日が短くなり、夕方というのに夜のように暗い。加えて私は前を見たままだった。顔を、見ることはできなかった。

しばらくどちらも何も言わず歩いていた。私の心の中で、不意に出た今の言葉が、偽りない本心だと確信していった。

彼とは入学式前の説明会で知り合って、家が近いと分かった。同じクラスになって、入学式の5日後に告白された。それから神宮祭も花火も、学祭も体育祭もイルミネーションも雪まつりも、今日まで全部一緒に過ごしてきた。
両方の家族や昔からの友達と、川原でジンギスカンをしたこともあった。
漫画や小説から想像していた「恋愛」とは違って、構えずに自然体で過ごせた。
「別に離れたから終わるって決まるわけじゃない。それに就職は地元に戻るつもりだし、休みだってあるのに」
そう彼は言った。たぶんほんとだろう。1年生から付き合って、毎日一緒にいた。家族も友達も公認の仲だった。
浮気が出来るタイプかどうかも、私には何となく分かる。きっとできない。石橋を叩いて渡る慎重さに加え、私を裏切ることは私だけではなく、応援してくれた家族や友達にも申し訳ないとまで考えるタイプだ。


「でも、今離れたらもう終わりだと思う」
「じゃあ、東京に行かない方がいいって言うのか。俺はやりたいことがあって、それで上京したいって話したよね。分かってくれたと思ったんだけど」
「それは分かってる。大学は行きたいところに行くべきだよ。私だって、就きたい仕事があるから進学するし、将来を諦めるべきじゃないと思う」
「だったら、なんで」


彼の居ないこの街で過ごす時間が、耐えられないからだった。
彼は私の半分だと、そう思えた。知り合って3年だけど、まるで身内のように居心地が良い。欠けてはならない人だった。
春から彼は東京に行ってしまう。私はこの街で暮らし続ける。
変わらずそばにいる家族や友達。いつも通った道。クリスマスに初めて出かけて少し大人になれた気がした地下街。映画館。テストの最終日、二人乗りの自転車で出かけた公園。ずっとしゃべった駅前のファミレス。

この街で時間が過ぎていく。なのに、馴染んだ景色に彼だけがいない。それは自分の半分を無くしたかのような喪失感だ。

たぶん夏休みや連休に、彼は帰ってくる。でも、彼は彼がいない時のこの街を知らない。彼が久しぶりに見るであろう「故郷」は、きっとあらゆるものが変わって、過去にいた場所、懐かしい思い出と感じられることだろう。そして変わらずこの街で暮らす私のことも、やがて思い出になるだろう。

それならばいっそ、別れてしまった方がいい。そうすればいつか、一緒に過ごした日々を思い出にできる。ありきたりな「失恋」、胸の痛みと、そこからの再生。その方が余程傷が浅いと思った。

「…しばらく、受験勉強に集中したいから。私はこれからだし、本気で頑張らないと。だから」
納得していない様子だったが、ともかくも押し切って、耳を塞ぐように勉強に集中した。周りにも彼と会わなくなったことを特に聞かれなかった。

そして、私も第一志望の大学に合格が決まった。
春からは大学生。私は地元で、彼は東京で。
そして、私の決意は変わらない。今この時に、終わりにするべきなのだ。

友達から来ていた、春休みに遊びに行く約束に返信をして、窓の外を見た。夕方なのに明るい。向かいの公園に見える白樺の木々。子供の頃から見慣れた大好きな景色。

私はひとりの私として、春からここで生きていきたい。新しい環境で新しい人との出会い、少しずつ変わっていくこの街とともに、私も少しずつ大人になっていきたい。
明日、改めてちゃんと話そう、と思った。

初出:ブログ(2019.3.20)
https://kurosuke3796.hatenablog.com/entry/2019/03/20/072443

※この物語は創作です。

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