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黄色の花咲く家で

ばあちゃんの家、と言うと家の前にあった木を思い出す。
何の木だったのかわからないが、黄色い花をつける木だった。
兄弟や従兄弟の中で、子供の頃から勉強もスポーツもぱっとしなかった俺だったけど、ばあちゃんだけはいつも優しかった。
ばあちゃん家に行くと、その黄色い花をよく眺めていた。


「ばあちゃん…。苦しいかもしれないけどもう少し待ってくれ」
大学4年のときのことだった。母親からばあちゃんが危ないと連絡を受けた夕方。俺は車で実家のある街の病院に向かっていた。
俺が大学に入って、実家を離れる頃になると、ばあちゃんはどんどん年を取っていくようだった。そしてとうとう、前から悪かった心臓の病気で入院したと聞いた。
大学も卒業できそうだし、就職も決まって春から社会人になる。これからやっとばあちゃんに恩返しできると思ったのに。

もっと会いに行ってやればよかった。もっと早くいろいろしてやればよかった。

病院の玄関では母親が待っていた。病室に入ると父親と兄貴、伯父伯母も来ていた。
「ばあちゃん…」
俺の顔を見て、ばあちゃんは微かに笑ったようだった。ばあちゃん。正月以来帰らなくてごめん。俺、就職決まったよ。大学も卒業できる。だからまた元気になって欲しい。

ふと見ると、ベットの枕元にある棚に黄色の小さな何かがある。
こぐまのような、小さなクマのぬいぐるみだった。
クマのぬいぐるみ? なんでここに?
ふと、家の前にあった木に咲く花を思い出した。

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翌日、ばあちゃんは息を引き取った。
何もできなかったけど、最期に会えてよかったのかもしれない。

それから慌ただしく人が動く中。
ベットの棚の上のクマがぽつんと残されているように見えた。
ここでばあちゃんを見守ってきたなら、最後まで見届けたいだろう。
俺はそれをポケットに入れた。通夜と告別式に一緒に連れて行くつもりだった。


「これ。ばあちゃんのベッドのところにあったんだけど」
葬式が終わってから、母親にそのクマのことを聞いた。

「ああそれ…。少し前に、入院するまでお世話になってた人が持ってきてくれたの。綺麗な黄色だから、病室が明るくなって元気が出るようにって」
「…これ、俺がもらってもいいかな。別に形見とか何もいらないから」
「いいんじゃない、あんたがそうしたいなら」

ばあちゃんの家の前の木。これからどうなるんだろう。一人暮らしだったから、いずれ家もなくなるのかもしれない。
だから、こいつをそばに置いておきたかった。小さいから俺の家にも置いておける。

ばあちゃんがいなくなっても、いつも見守っていてくれる気がする。

ばあちゃん、俺、頑張るよ。これから。

(初出2019.2.8ブログ、一部修正)

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