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余談⑩:初めての馬に熱くなる

 GWは遠出をせず、4月で速歩になったペースを落とすようにのんびり過ごすのが例年の流れだが、今年は高校時代の友人の結婚式があり新宿の方へと足を運んだ。

 当日、一緒に参列する友人が「ご祝儀を増やしに行こう」と言うので早めに集合する。もちろん冗談だが、連れて行かれたのは「WINS」と呼ばれる場外勝馬投票券発売所だった。

 場外勝馬投票券発売所とは、読んで字の如く、競馬場に行かなくても馬券を買える場所である。

 人生において競馬の経験はない。
 「俺、そんなお金ないぞ」と情けない台詞をぶつけると、「100円からいけるから大丈夫」と、詐欺の謳い文句みたいな言葉が返ってきた。
 素人考えで選んだ馬の番号をマークシートに記入していると、受験の頃を思い出して懐かしい気持ちになる。
 投票用紙を券売機に通すと馬券が出てくるのだが、なんてことないことでも、内心「おお〜」と感嘆してしまう。

 「初めて」というものは、なぜこうもワクワクするのだろう。

 レースが始まると、券売所にいた人たちの目線が上のモニターに集まる。馬の出走合わせて「良しっ!」とオジさんの声が聞こえて驚く。レース終盤にかけて、「いけっ」「そこっ」と段々と声にも熱がこもっていく。かく言う僕も、自分の選んだ馬が全然前に来ないので内心で「いけいけっ」と声を上げていた。
 そして、決着とともに漏れるため息や喜びの声に、その場の熱量を感じた。実際の競馬場はこの比ではないというからぜひ一度は足を運んでいみたい。

 結果は外れてしまったが、次の日に大きなレースがあることと前日券があることを教えてもらったので、購入する。おみくじで大吉でも引いたように大事に財布へと馬券を終い、まるでもう当たったかの気分で券売所を後にした。

 次の日の朝はどこか特別な日のような気持ちで目が覚めた。レースの時間が近づき、馬券を持ってTVを付け競馬中継のチャンネルに回す。時間になると、どこかで聴いたことのあるようなファンファーレが流れ、テンションがアガる。

 一瞬の静寂からゲートの開く音、一斉に馬が飛び出す。地鳴りにぐっと身体に力が入る。
 実況者が僕の選んだ馬の名前を言うだけで胸が跳ねるような気持ちになる。
 レースが進むにつれ、自分が前のめりになっていくのが分かる。ここは家だから恥も外聞もなく、「いけっ」と声が出る。

 結果は散々だったが思った以上に内側が熱い。
 競馬、楽しい。

 もちろんお金を賭けているから熱くなるもなるだろうし、初めてのことというのは刺激的だが、実は、それらとは別に不思議な感覚があった。

 おそらくそれは、競馬中継を主体的に見たという事実が影響しているのだと思う。

 子どもの頃、父や祖父が見ていた競馬中継。なぜこんな物を真剣に見ているのか謎だった。
 それが今、自ら競馬中継を見ている。
 まるで、子どもの頃の自分に見られたような、逆にあの頃のあの瞬間の父や祖父に触れられたような、そんなタイムスリップみたいな感覚だった。 
 
 物事の面白味は当事者になってみないとわからない側面がある。
 今、自分の生活の中で初めての体験へ飛び込む機会はどれ程あるのだろう。脳へ新たな刺激を与えているだろうか。そしてその刺激は、「新しい動画」のような受動的なものではなく、能動性を伴っているだろうか。改めて振り返るきっかけになった。
 
 初めてのことへ飛び込んでみると、思いもよらない発見や気づきがそこにはあるのかもしれないと、ハズレ馬券を握り締めながら、20年以上昔の時間に思いを馳せる不良保育士なのだった。


本日大きなレースがあり、実は昨日も馬券を買ってみています。
レースの時間までソワソワしながら過ごします。
出走のまでの時間、こちらの記事で暇を潰してください。


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