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【デビルハンター】ジュディ婆さんの事件簿 #15(第4話:3/3)

玉突きは得意。
-ジュディ-

<前回のジュディ>
シティ・パーク連続殺人事件を調べた。犯人の目星がついたのでカフェでハンバーガーを食べた。
前回(#14(第4話:2/3)
目次

……………
■#15

3件目の事件の翌日、AM5時。
まだ夜が明けきらないシティ・パークの湖畔を照らしていた外灯たちは、その役目を果たしきらぬまま定時きっかりに眠りについた。静寂と暁闇に包まれた遊歩道には、一人のジョギング中毒…… ジョガーの呼吸音と足音だけが規則正しく響いている。ピンクのランニングウェアに、黒のショーツとレギンス。腰には小ぶりのウェストポーチ。足取りにあわせ、ベースボールキャップから覗いたポニーテールがゆさ、ゆさと弾む。

その姿を、林の中からジッ…… と凝視する1匹の悪魔がいた。

……ッタくよぉ。
三人殺しタから今日はもしかしテ…… っテ期待しテタのに。ハズレかよ。
人間っテのは揃いも揃ってアホみタいにミンナ同じ格好デ… アホみタいにゼーゼー、ハーハーと走りやがっテさ。一昨日も。昨日も。今日も。ドアホが入れ替わりホイホイ、ホイホイ。殺人事件なんテお構いなし? ボクらのこト、テレビトかシンブンデ紹介されテないの? アホダから知らないダけ? ……知っテるけど走らないト死ぬ病気トか? それウケル。ドのみチ死ぬのに。クケケキキッ……。コイツも殺しテ、明日も殺しテ。ボクらは褒めテもらわないト。

悪魔は歯を剥きながら声を殺して笑うと、おもむろに行動を開始した。暗然とした林の中を物音ひとつ立てず…… 遊歩道を走るジョガーと併走するように、先へ先へと進む。
やがて緩やかに移動のペースを上げてジョガーを引き離すと、前方の木陰で待機している2匹と合流した。

 <ヤルぞ。オンナが来る。チェルシー、ヒューゴ、準備はいいか?>
ハンドサインで合図を送ると、2匹の悪魔は小躍りしながら手を叩いた。

<アホ。獲物が近い。お前ら音を出すな。声も>

<ごめン、リーダー。今回はアタリ?>
叱られたチェルシーは騒ぎ立てるのをやめ、預かっていた鉄の棒をリーダーに手渡すとハンドサインを返した。

<ハズレ。まタ走っテるアホ>
<ざーンねン。でもポリスが行ったばかリだかラちょうどいいね>

<オ、オデは誰だって…… イイ>
ヒューゴと呼ばれた残りの1匹は、形の合わない安物のゴム手袋を無理やりはめ、盗んできたタオルを自慢の握力でこれでもかというほど捻ってさるぐつわを作る。
<授かったこのチカラで、とにかく、ヒトを、殺したイ>

<ヨシ、準備はいいな。…………行け>


「ワッ!」
とつぜん遊歩道に飛び出してきた2つの影に泡を食ったジョガーは、大声を出して立ちすくんだ。背後にもうひとつの気配を感じて振り返ろうとするも、背中にのしかかったヒューゴにさるぐつわを噛まされ、グイ、と後頭部から仰向けに引き倒された。
「ググーッ! フーッ、フー! ……グゥー!」
路上でじたばたともがくジョガーをチェルシーとヒューゴが素早く抱え上げ、林の中へと運んでゆく。鉄の棒を構えて周囲を警戒していたリーダーは、しばらくの間ジロジロと辺りを見回したのち、回れ右して2匹の後を追った。

遅れて ”今日の処刑場” に到着したリーダーは、かき集められた枯れ木の隣で仰向けに倒されているジョガーを見下ろした。これまで殺した二人と同様、獲物の ”右手と右足” をチェルシーに、”左手と左足” をヒューゴに掴まれ、大の字のような格好を取らされている。
「リーダー、またうまくいったね!」
嬉々として話しかけたチェルシーの言葉にリーダーが頷く。
「アホをさらうのは簡単ダ。……ヨシ、押さえテおけ。モタモタしテいるトまタ邪魔者が来る」

「ンーー! グムー!」
何とか逃れようと必死に暴れるジョガー。
その姿に興奮した様子のヒューゴは、血走った両眼を見開いて涎を垂らしている。チェルシーはキャッキャと笑いながらリーダーが握る鉄の棒…… これから肛門に突き刺さる棒の尖った先端を見つめている。

「人間。ボクらを恨むなよ。こんな時間にジョギングなんテするからダ。……よーし、痛いけドこまデ我慢デきるかなー?」
リーダーは己の特権、いちばんおいしい役割を遂行すべく、右手で握った鉄の棒をジョガーのショーツ…… 肛門の位置にあてがった。
「ンンンン!!」
ジョガーの下半身が激しく抵抗する。
上下左右に暴れる腰の動きを止めるべく、リーダーは空いた左手で股間付近を押さえつけた。
「泣け。喚け。悶えろ…… クケケキ………… ん?」

股間を押さえつけた左手に違和感。

あ? なにコレ…… コレ! コイツ!
リーダーは感触を何度も確かめるように、押さえつけていた股間をまさぐった。

と、その瞬間。

左手に立っていたチェルシーの背後に、木の上から ”黒い影” が落ちた。

……なんダ? おいチェルシーお前の後ろ――

「ねーねーリーダー、もったいぶラずに早ペッ
チェルシーは背後の様子に気づかないまま、後頭部に受けた一撃によって絶命した。
”彼女の頭部” は砲弾の如く胴体から千切れ飛び、獲物を挟んで正面にいたヒューゴの低い鼻に直撃した。殺人的な運動エネルギーを蓄えた生首チェルシーの接吻によってヒューゴは大きく後方に吹き飛ばされ、言葉にならない呻き声をあげながら地面を転げまわった。

「我ながら、ナイスショット」
チェルシーだった胴体が膝から崩れ落ち…… その背後。パンチを打ち抜いたような姿勢のままニヤリと笑う老婆の姿があらわになった。

――な? なにが起きタ?
この黒ずくめのババア、木の上にいタ?
チェルシーの頭を殴っタ…… のか?

突然の出来事に動揺したリーダーは無意識にヨタ、ヨタと後ずさりをはじめたが、身体の自由を得て素早く跳ね起きたジョガーのタックルによって押し倒された。すかさずポーチから極太の結束バンドを取り出したジョガーは自身の左手とリーダーの左手を結びつけて縛り上げると、さるぐつわを外しながら老婆に向かって叫んだ。

「ジュディ! ”ボス猿” を確保したぞ!」

◇◇◇

「……いま、猿って言ったよな?」

前日。自然科学博物館に併設されたカフェで食事を終え、車内で食後の一服を味わいながら推理を語ったジュディ。その言葉を遮り、ゴードンが聞き返していた。

「そうさ。動物園を見てきた感じでは、今回の犯人はおそらく猿…… ”ボノボ” だ。ほぼ間違いない」
ジュディは深く吸い込んでいた煙をフーッと吐きながら頷いた。

助手席のゴードンは黙って腕を組み、しばしのあいだジュディの言葉を反芻した。
―― 野蛮な手口。死体周辺の踏み荒らされ方。犯人が慌てて逃げたにも関わらず、林の奥で発見されなかった足跡。逃走先の木々には怪力で掴んだような樹皮の捲れと、動物の体毛。”犯人は人間” と決め付けている鑑識が見逃しても不思議はない。目撃した男も…… まさか木の上に逃げ潜んでいたとは気づくまい。そして捻じ切られていたという動物園の鉄柵。未明のパーク内に限って殺人が続いたことの説明にも納得感はある。しかし――

「しかしジュディ。おかしくないか? ゴールデンで教わった悪魔伝承によれば ”人間以外の生物が乗っ取られた” という事例はひとつも無いって……」
ゴードンはひとつの疑問を口にした。

2本目の煙草に火をつけ終えたジュディが満足げに頷きながら答える。
「気づいたね? ……そこなんだよ。腑に落ちないのは。殺しの手口からして最初はギャングのガキどもに羽でも生えたかと思ったんだけどね。いま説明したように、犯人は猿だと考えるに値する状況なんだ。だから生け捕りにするのさ。もし私の予想が外れて犯人が元人間なら、その場ですぐに殺す」

「い、生け捕り?」

「そう。いいかい、よくお聞き。動物園のボノボは3匹。頭がいいのかバカなのか気配は感じなかったが…… おそらく3匹とも ”奴ら” だ。そのうちの1匹がゴードン、お前のケツに鉄の棒を捻じ込もうとするだろう。一番おいしい役を担うのがリーダーだ。そいつを絶対に生きたまま捕まえておくれ。文字通り ”何をされても” 離すんじゃない…… お前さんにはそれが可能なんだ。”能力持ち” の可能性もあるがそこは考えてもしょうがない。その場で臨機応変に対処するしか。残りの2匹は私が殺してやるよ」
ジュディはゴードンの肩をポンと叩くと、目を見据えたまま念押しするように続けた。
「……頼んだよ。お前さんもジョギング大好きだろう? 毎朝欠かさないって自慢してたじゃないか。それとできるだけ邪魔が入らないよう、マスコミを通じてパーク内のジョギングは自粛させておくれ。犯行はまだ未公表ってなら理由は何でもいい」
「わ、わかった。……って、ジュディ、つまり俺が囮ってこと?」
「そう」

◇◇◇

―― 本当に猿だった!
しかも人間の言葉を喋るなんて。ゴワゴワで真っ黒な体毛。チンパンジーと見分けがつかないがボノボって奴なんだろう。死んでも離すわけにはいかない……!
ゴードンは結束バンドで繋がれていない右手でお気に入りのベースボールキャップと目障りなウィッグをまとめて脱ぎ捨てるとボス猿の背後にまわりこみ、右腕を短い首に巻きつけた。
FBIの格闘講習で学んだ寝技のひとつ、バック・チョーク!
「ジュディ、早くそいつの始末を頼む!」

「ちぃーと待ってておくれ。玉突きで仕留めたと思ったんだけどね…… コイツはなかなかタフそうだ」
右ストレートの構えを解いて両肩と首をほぐしていたジュディは、左右の手に装着したナックルダスターを胸の前でガチンと突き合せながら答えた。その打撃部分に埋め込まれた無数の牙が擦れあい、ギリギリと音を立てる。
目線の先には、潰れた鼻から溢れる己の血を舐めながらジュディを睨みつけるボノボ。他の2匹とさして変わらぬ背丈ではあるが、動物園で見た時とは明らかに異なる点がひとつ…… 肩から先、両腕だけが巨人のように大きく発達しているのが特徴的だった。

「ヒューゴ! やれ! 殺せ!」
「イテテ! アー! 痛てぇ! このクソ猿! その棒を離せ!」
リーダーは叫びながら、右手に握った鉄の棒を器用に操ってゴードンの脇腹、太腿、右腕をがむしゃらに突き刺す。
背後のゴードンは両脚で相手の胴体をカニ挟みながら、チョークを解いた右手で必死に鉄の棒を払う。結束バンドに繋がれたお互いの左手は鬱血し、浅黒く変色をはじめていた。

「バ、バ、ア。お前、強イ。でも、オデのほうが凄イ」
「ふん。ごたくはいいから。かかってきな」
「オデのコレでお前、挽肉になって。死ぬ」
両腕を水平に大きく広げたヒューゴは、その場でヨタヨタと横回転をはじめた。両腕の質量によってその回転はみるみる勢いを増し、わずか数秒で超高速回転する殺人独楽と化した! ゆっくりと軸を傾けてジュディの方向へと移動を開始したヒューゴ―― 殺人独楽の行く手を阻む木々は回転によって幹を抉られ、ミシミシと音を立てながら倒れてゆく!
「こりゃ凄い。フィギュアスケーターなんか目じゃないね」
暇そうに眺めていたジュディが目を丸くし、驚きの言葉を口にした。

「ココココのののかかか回転をををををくくくくくく喰ららららええええええええ!!」
ジュディに襲い掛かる殺人独楽! ……だったが、地を蹴りひらりと宙を舞ったジュディは木の枝に飛び乗った。そして独楽の中心、ヒューゴの脳天めがけて頭から落下を開始!
「ヌケサクめ。上から見りゃぁ回転の中心がガラ空き…… なっ!?」
「キキキキキッ!」
ヒューゴは回転を止めることなく上空を仰いでジュディを見据えると、真横に広げていた両腕をBANZAIの如く頭上に掲げた! 大質量の両腕が回転軸である胴体に近づいたことで慣性モーメントが最小化され、回転速度が2倍、3倍に加速してゆく! それはまるで…… 天を貫く1本のドリル!
「ババババババカカカめめめめめめ! オオオオデデオデオデにふふふ触れたたただだけけけでミミミミミーーンチ!」

「そうかい?」

おかまいなしにジュディが右の拳を振りぬくと、瞬間的に膨張したナックルダスターがまるで巨獣の口腔のように牙を剥きながらパックリと開き、ヒューゴの両腕、頭、そして胸まで飲み込んだ。
バツンッ!

「ひ、ヒイッィヒ!」
ヒューゴの上半身が喰いちぎられ、”どこかに行ってしまった” 瞬間を目の当たりにしたリーダーは失禁し、抵抗する力を失った。静かに着地したジュディがガタガタと震えるその猿に近寄り、冷静な口調で語りかける。
「さて。私たちの言葉はわかるね。ヌケサクがクルクル暴れたせいで市警が気づくかもしれない…… だから、いますぐ決めな。お前さんもコイツに喰われるか、大人しく私たちについてくるか。ああ、ちなみにコイツは何でも喰らうんだけどね、喰われた奴がどこに行っちまうかは私も知らない。試してみるかい?」
”コイツ” と呼ばれたナックルダスターの牙を人差し指で撫でながら、ジュディは悪魔より悪魔らしい笑みを浮かべた。膨張したはずの ”それ” は、元のサイズに戻っていたが…… 喰われたヒューゴの上半身はどこにもなかった。
「し、し、しタがう! ツ、着いテ行きますから殺さないデ」
「わかった。逃げようものならドタマを撃ち抜くからね」
ジュディは外套をめくり、右脇のホルスターに収められたリボルバーをチラと見せながら警告する。鉄の棒を投げ捨て、ブンブンと繰り返し頷く猿。その顔を睨みつけながら、ゴードンと猿を結んでいた結束バンドを切った。

「フー! ジュディ、さすがだな。銃声厳禁とはいえ…… まさか殴って倒すとは」
手首を揉みながら立ち上がったゴードンが、ポーチからもう1本の結束バンドを取り出し、大人しく差し出された猿の両手を縛りながら言った。
「ああ。狭い林の中でやるって決めてたからね。コイツで殴ると威力がハンパないからそれで済むと思っていたんだけど…… 奥の手まで出すハメになるとは」
「それそれ、その武器。はじめて見たけど名前はあるのか? ”魔装具” だろ? 一体どういう仕組みなんだ」
「”オーガイーター” って呼ばれていたらしいけどね。まあ、そんな話は後だ。早くコイツを連れて帰るよ。私の家で楽しい尋問タイムさ」
すっかり大人しくなった猿をズタ袋に入れながら、ふと思い出したような顔でジュディが問いかけた。
「……そういやゴードン、なんでヅラなんか被ってたんだい?」
「あ、いや、その…… 敵が油断するかな?って。買ってきた」
「……そうかい。そのピンクのウェアは?」
「これは自前。似合ってるだろ?」
「ふうん……」

第4話・完

【#16(第5話)に続く】

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