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【デビルハンター】ジュディ婆さんの事件簿 #14(第4話:2/3)

来ちゃった。
-ジュディ-

<前回のジュディ>
イタルを連れ戻すべく日本に行くことを承諾したヴィクター。一方、ジュディはゴードンに頼まれて ”ある事件” の捜査を手伝うことに。
前回(#13(第4話:1/3)
目次

……………
■#14

デンバー市街中心部に位置する公園、シティ・パーク。
開店前のデビルズキッチンで会合を終えたジュディは、ひと足はやくゴードンとの待ち合わせ場所…… パーク南西のエントランスから入ってすぐの、大きな噴水の前に到着していた。

広大な敷地のあちこちに背の高い木々が茂り、都心にいることを忘れさせるような静けさが辺り一帯を包み込んでいる。暖かい季節であればサイクリングやスポーツ、ピクニックに興じる人々が多く見受けられる人気スポットだが、本格的な冬が到来した今、ましてや早朝となれば、行き交う人も疎らだった。目に入るのは数名のジョギング中毒…… それに多少の捜査関係者。野次馬は見当たらない。


「1時間ほど前、また死体が発見されて…… パーク内で3件目だ。1件目は3日前の朝。2件目は昨日の朝。そして今日の朝。連続異常殺人と断定した市警からFBIに要請が入った。ざっと3件の報告に目を通したんだが、俺は ”奴ら” の可能性があるんじゃないかと思っている。今朝の死体はもうモルグに移されたらしいが現場は保全させてある。午後に公園で合流しよう」
ゴードンは会合の別れ際にそう告げると、一度FBIに戻る必要があるという理由で去っていった。


「そんな気になる事件、午後まで待てるわけないよねぇ」
ほくそ笑むジュディの口から自然と独り言がこぼれる。
噴水の中央に立つ女神アテナの彫像に別れを告げ、大きな人工湖をぐるっと囲むように敷かれた遊歩道に沿って東へと向かう。枯れ草と積雪のせいで代わり映えしない景色を眺めながら10分ほど歩くと、犯罪現場を示すバリケードテープと市警の男が視界に入った。
「バアさん、ここから先は立ち入り禁止だよ。さ、帰った帰った」
呼び止めた無愛想な男に一瞥もくれずIDカードを提示したジュディは、慣れた手つきでテープをくぐりながら言葉を返す。
「私はFBIのコンサルタント。お前さんは深酒かい? 酒くさいから帰って寝な」

遊歩道から外れ、樹木が密集する薄暗い林の中を10ヤードほど歩くと、市警の鑑識らしき数名に加え、FBIのジャケットを羽織った大男の背中が視界に入った。
「おお、ジュディさん。ゴードンから連絡はもらっていないが…」
ジュディの来訪に気づいたFBIの男は熊のように大きな身体を彼女に向け、髭モジャの顔に屈託のない笑顔を浮かべながら握手を求めた。
「ジェフリー、久しぶりだね。ゴードンがチンタラしてるから私だけ先に来たんだよ。……で、3件目とやらはどんな感じだい」
「鑑識の仕事はあらかた終わったところさ。被害者は免許証によると48歳、アメリカ人男性。連絡が取れた妻が言うにはこの近くで弁護士をやっていたらしい。死亡推定時刻は今日の午前5時。連続殺人を警戒して公園を巡回していた市警が発見した。……前の2件の情報は?」
「ゴードンが送ってきた資料は読んだよ」
「なら話は早いな。犯行の時間帯と手口は同じ。さるぐつわをされ、鉄の棒が肛門から口まで貫通。串刺しのまま地面に突き立てられ…… 生活反応からすると生きたまま、だな。その後はご丁寧に敷かれた枯れ木で焼かれていた。サディストの性的衝動による犯行かも…… って、さすがにご老体には早朝から刺激が強すぎる内容かな」
ジェフリーは心配するような目でジュディを見つめた。ゴードン以外のFBIメンバーはジュディを ”悪魔を狩るハンター” ではなく ”観察力と殺人事件の見立てに長けたコンサルタント婆ちゃん” と認識している。
「ケツに棒、ってあたりは性的なトラウマや性的衝動による犯行と思われがちだけど、これは違うね」
「お? … と、いうと?」
平然と答えるジュディに拍子抜けした様子のジェフリーがペンとメモ帳を取り出し、次の言葉を促した。
「被害者は若い女、老いた男、中年の男。年齢と性別にこだわりが感じられない。人種や職業にも統一感がないね。最後に焼くってのも性的犯行と符合しない。複数人で…… サディストというよりも…… まるで遊びを覚えたタチの悪いクソガキどもがただ単にいたぶったように見える。足跡はでたのかい? 歩道の雪は先日の雨で溶けちゃいるが、木々に覆われたこの周辺には少しばかり残っている。それと目撃者は? 犯人は一人じゃないはず。それに鉄の棒の出所は」
矢継ぎ早に出されたジュディの言葉に慌てながらジェフリーがメモ帳をめくり、記録を読みあげる。
「……えー、えー、足跡はー、無いな。踏み荒らされた様子は確認できたが、死体の周辺は焚き火のせいで溶けてしまっている。遊歩道からここまでのわずかな雪はご丁寧に掻き荒らされて痕跡なし。で、えー、えーと、鉄の棒は…… 何処かから捻じ切られたような切断面で…… まだ出所はわかっていない。あとは…… えー、目撃者。目撃があったのは3件目のみ。第一発見者の市警だな。火の灯りに気づいて駆けつけたところ、数名の人影が現場から慌てて去ったようだと証言している。暗闇と木々のせいでハッキリしないが…… あっちの方向だな。追いかけたものの、あっという間に見失ったらしい」
ジェフリーが「あっち」と指さしたのは、ジュディが来た遊歩道とは逆方向、林の奥の方だった。
「そのまま林の奥を突っ切れば東17番通りに出るだろう? そこまで追いかけてみたのかい」
「ああ。そんなに長い距離じゃないからな。だが通りにそれらしき姿は無かったとのことだ」
「ふん…… で、その人影ってのに何か特徴は」
「……いや、影がいくつか見えて、ガサガサと音がして…… 木々の中へと逃げ込んだようだ、としか」
「なるほどね。ありがとよ」
死体があった場所、その周辺、そして犯人が逃げたという林の奥を入念に観察したジュディは踵を返し、ジェフリーの横を素通りすると… もと来たバリケードテープをくぐって犯罪現場の外に出た。
「エッ? もういいのかいジュディ? ゴードンが来るんじゃ……」
「ああ。公園を散歩してるって伝えておくれ」
何か発見があったのか―― そう尋ねたいジェフリーの視線を背中に受けながら、片手を後ろ手に振ったジュディは現場をあとにした。

◇◇◇

「ジュディ、探したよまったく!」
四人掛けのテーブルで早めのブランチをとっていたジュディは、不満そうな表情で正面に座ったゴードンを一瞥すると、ふたたびハンバーガーにかじりついた。
「午後に待ち合わせって言ったのに…… 電話にも出ないから仕方なく現場に行ってみたらジェフリーの野郎、 ”え? ジュディさんは3時間くらい前に来ましたけど” とかニッコリ笑いやがって。やっとご本人から返信があったと思えばカフェで食事中って。どういうことさ」

ゴードンの愚痴を無言で受け止めながら超肉厚なダブル・パティの味をかみ締めていたジュディは続けざまに細切りのフレンチフライを何本かまとめて口に入れる。そして静かに、ゆっくりと咀嚼し…… 勢いよくコーラを飲むと、注意を促した。

「……ここはカフェ。お前もなにか注文しないと失礼だよ」

「……え? あ、ああ、俺は… コーヒーで」

オーダーを取りにきたウェイトレスにジュディが視線を送ると、ゴードンは慌ててオーダーを口にした。そしてふたたびジュディのハンバーガー・タイムが続く。…… 何か話しかければどうせ「食事中だよ」などと睨まれると察したゴードンは、速やかに提供されたコーヒーを無言で啜りながら食事を見守った。ほどよく空調が効いた屋内だというのに、トレードマークの黒い外套は羽織ったままのジュディ。普通の人間ならいつ昇天してもおかしくない年頃の老婆とは思えない旺盛な食欲。あっという間にハンバーガーを平らげた彼女は、口元をナプキンで拭き終えてからゆっくりと口を開いた。

「……現場保全て言ったって市警が何をしでかすかわからないだろう? 犯人が警察関係者って可能性もある。つまり早ければ早いほうがいいってことさ。で、現場の観察はあっという間に終わっちまったからね。現場周辺を少し歩いて…… 動物園に行って…… 今はこうして自然科学博物館の見学を終えたところさ」
「動物園? 博物館見学? ずいぶん満喫してるじゃないか……」

広いシティ・パークの園内には、テニスコートやゴルフ場、さらにはデンバーの観光スポットとして人気の高い動物園、自然科学博物館といったものまで併設されている。ジュディは自然科学博物館の中に設けられたカフェで食事をとっていた。

「ここは初めて来たけど恐竜展なんかも充実していて興味深いね。このカフェも ”T-Rex Cafe” なんてふざけた名前だし。ティラノサウルスとガチで殺り合うイメージトレーニングでは私の完全勝利だったよ。むしろデイノニクスみたいな奴が集団で襲って来るほうがやっかいだね。お前もスピルバーグの映画くらい観たことあるだろう」
「ああ、そりゃ、まあ……」
話を逸らされたゴードンの脳内はすっかり ”ジュディ・バーサス・ダイナソー” で一杯になり、反論の言葉を失った。

「で、FBIに戻って何か収穫はあったのかい」
「ん? そうそう、それなんだが…… ちょっと片付けなきゃいけない書類仕事のついでにさ、死体の状態を調べたかったんだよ」
「”喋らせる” ……ってかい?」
「そうなんだ。そうしてもらうのが早いと思って確認してきたんだが…… 鉄の棒で喉をグチャグチャにされて。喋れそうになかった」
「だろうね。……ま、犯人の目星はついたから問題ないよ」
「エッ!?」
「大声だすんじゃないよ。場所をわきまえな」
思わず身を乗り出していたゴードンはジロリとジュディに睨まれると周囲の客の視線に気づき、居住まいを正しながら小声で問いかけた。
「犯人の目星がついた?」
「今そう言ったじゃないか。お前さんの耳は飾り物かい」
「やはり ”奴ら” か?」
「ほぼ間違いないね。ただ、ひとつだけ腑に落ちない点がある。これはとても大事なことだよ」
「それは一体……」
会計を済ませたジュディはテーブルにチップを置くと立ち上がった。
「詳しくは車の中で話そう。一服したいしね。……ああ、コーヒーの代金は私が持つよ。お前さんの働きに期待してるから」

【#15へ続く】

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