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【デビルハンター】ジュディ婆さんの事件簿 #16(第5話:1/4)

あのアル中ジジイ、調子こいて日本でしくじらなきゃいいんだが。
-ジュディ-

<前回のジュディ>
シティ・パーク連続殺人事件を拳で解決したジュディ。一方、やっかいゴトを押し付けられたヴィクターは日本に向かっていた。
前回(#15(第4話:4/4)
目次

……………
■#16

ジュディとゴードンがシティ・パークで犯人の確保に成功した日の朝。
AM7時。
デンバー国際空港を発ったヴィクターは、プライベートジェットの操縦を助手に任せるとグラスにテキーラを注ぎ、ドッカリとシートに腰を下ろした。

さて。時差は16時間。日本は今ごろ深夜…… 23時をまわったところか。
なみなみとグラスに注いだテキーラをちびりと舐めながら、音声操作で窓のシェードを一斉におろす。続けて機内の照明を落とし、スマートウォッチが示す時刻を日本現地時間に変更した。
今は23時。今は23時。今は23時……。
飛行機に乗ったらすぐに ”思い込み” で頭の中の時間を切り替えておくと時差ボケしない説。誰も信じてくれないが、この方法で年20回はくだらないフライトを元気モリモリでこなしているワシが言うのだから間違いない。
……しっかし、イタルの奴め。日本の未来を背負って立つ若きハンターをボコボコにしたって話だが…… どういうこった。アイツがわざわざ日本に飛んでまで追っているのは ”親の仇” ―― 年老いたハンターのはずだが…… はー、イタルの能力はやっかいだからなあ。面倒くさいのう。リズちゃんがいれば話が早いんじゃが……。まあ、人生経験豊富なワシがハナタレ小僧にビシィッとゲンコツ喰らわせつつ、お怒りのハンター連中にワビ入れて連れ戻してやるしかないか。よし、ちっと寝よう。もう23時だしな。23時。……23時なのに眠くないな。起きたばかり… いや昼寝しちゃったからかな。でも寝ないとな。朝からやることあるし。
ヴィクターは残りのテキーラをあおってグラスを空にすると、シートをフルフラットにして眠りについた。

◇◇◇

―― 日本 成田国際空港 AM9時

10時間のフライトを終えたヴィクターは、VIP専用のプレミアゲートで入国審査を受けていた。

「ヴィクター様。当空港のご利用、いつもありがとうございます。今日はお一人で…… お仕事ですか」
丁寧な物腰と気持ちのよい笑顔で迎えた審査官が日本語で話しかける。

「そ。仕事じゃよ。年末だってのにジジイに休む暇なし」
”危ない研究と闇オペが本業です” とは名乗れない ”自称ベンチャー投資家” のヴィクターはハンチング帽を脱ぎ、革製のアタッシュケースを手渡しながら流暢な日本語で答えた。
ここは日本だ。かしこまって英語で話しかけられるよりも現地語でコミュニケーションがしたい…… かつて何気なく審査官にそう伝えたところ、以降はどのスタッフも日本語で話しかけるようになっていた。そういった細かい気配りの徹底は日本ならではだ。

「お荷物はこちら、おひとつで?」
「おう、1泊2日だもんで、仕事の書類と着替えだけ。冬だってのにムキムキのせいで汗っかきだから3回分…… それにワシは喉が弱いからマスクと、プレゼント用のレアなスニーカー。車のレンタルは手配できているかの」
「はい。当ターミナル正面の車寄せに。今日はこのままよく晴れるようです。運転日和ですね」
「それは朗報だ。ありがとう」
ヴィクターはハンチング帽を被りなおし、アタッシュケースを受け取るとお辞儀をしながら礼を述べた。
「では、行ってらっしゃいませ」

専用ターミナルの出口で待機していたスタッフから車のキーを受け取ったヴィクターはブルー・パールのスバル BRZに乗り込むと、助手席にアタッシュケースとチェスターコートを放ってエンジンをかけた。好きなだけ酒が飲めるよう運転手つきのリムジンやヘリをチャーターするという手もあるが、車の運転が好きなヴィクターは来訪先の国が製造する車を借り、自らハンドルを握るのが常だった。
アクセルを踏み込み、吹け上がりの良さに満足しながら新空港自動車道を走っていると、限りなく狭く設計された後部座席に潜んでいた助手の姿がバックミラーの視界に入った。
「なかなかいい車だ。悪戯するんじゃないぞ」
ヴィクターの呼びかけにピクリと反応した助手は、しばらくのあいだ何かを考えるように動きを止め…… ゆっくりと車内を観察しはじめた。

首都高速4号新宿線を外苑で降りたヴィクターは外苑西通りを北上し、空港から1時間半ほどかけて新宿6丁目にある安宿に到着した。いつ来ても狭いフロントに座って新聞を読んでいる婆さんが、老眼鏡越しの上目遣いでこちらをチラと見る。部屋番号のシールが剥がれそうなボロ鍵を受け取って急な階段をのぼり、素泊まりの質素な一室に入った。
畳の上に腰を下ろしてスマートウォッチを確認すると、ゴードンからメッセージが届いていた。

『”例のクソ野郎” とエリザベスの情報を掴んだ。帰国したらいつもの場所で説明する』

吉報。
相変わらずFBIの端末しか持っていないゴードンのせいで抽象的なメッセージになっているが…… リズちゃんは生きているってことだな。これでイタルの説得もしやすくなりそうだ。まずはコッチの揉め事を解決せんとな――

「よし、ここからはチマチマ隠れずこれを着てフード被って、マスクもつけてワシについてこい。何に出くわすかわからんからの。周囲を警戒して、いつでも戦えるように」
アタッシュケースを開き、厚手のパーカーとジーンズ、スニーカー、大き目のマスクを次々と放り投げながら助手に命じる。

……さて、ハンターとの待ち合わせは、深夜。
まずは西口の満来でチャーシューざるを食べる。これは絶対。そのあと ”四谷のラボ” で意見交換と…… ”例の作業” をお願いすれば5時間はかかるだろう。それが終われば深夜までフリー・タイム……っ! あー、食べ物のことを考えたら腹がぺこぺこに……。
「よし、準備できたな? 行くぞ。変な動きするんじゃないぞ」
衣類を身につけた助手の姿を、上から下までざっと確認する。ちょっと不審者っぽいかも…… と思いつつ問題なしと判断して一階に降り、婆さんに鍵を預けて外にでた。

◇◇◇

東京都渋谷区、PM23時。
四谷で用事を済ませ、フリー・タイムを満喫したヴィクターは渋谷駅近くのコインパーキングに車を停め、国道246号線をまたぐ歩道橋を渡っていた。ハンターが指定してきた待ち合わせ場所―― 桜丘町はこの先にある。

「さっきまでの人、人、人、がまるでウソみたいじゃのう」
桜丘町の路地に足を踏み入れた途端、所狭しと建ち並ぶ雑居ビルが左右を覆った。その上から下まで飲食店が詰め込まれていることを示す無数の看板。数ヶ月早く訪れていれば賑わっていたであろう地区だが、今は年末だというのに人影ひとつ見当たらず…… すべての店から光が失われていた。事前にリサーチした情報によれば、渋谷周辺の大規模再開発に含まれているというこの一帯は、来年の解体工事に向けて立ち退きが完了しているようだった。
「ゴーストタウンの密会。都合がいいっちゃいいが…… 警戒を怠るなよ」
後ろにつく助手に命じながら突き当たりを曲がると、薄暗い路地の前方10ヤードほどに立ってこちらを凝視する少女の姿があった。日本人形のように黒髪を切りそろえた色白の幼顔。それとは対照的に、喉元までジップが上げられた黒のレザースーツという大人びた服装がアンバランスな印象を与えている。見た目は15、6といったところだが、ハンターであれば年齢はもっと上だろう。

「……お名前は」
能面のように無表情のまま日本語を口にし、背に回していた両手を前に出した少女。その左右の手には、2本の黒い棒…… 警棒のようなものが握られている。
「物騒なモノを持ってからに…… そう警戒しなさんな。それと名乗るときはまず自分から、って習わなかったんかい」

「……ナツ、と申します」

「おう。なっちゃんね。ワシはヴィクター。ゴールデンの遣いだ。例の迷惑男を連れ戻しに来た。お譲ちゃんは被害者の……」
「妹です。重傷を負ったのは私の姉…… ハルと申します」
「そうかい。ワシの仲間がお姉さんにすまないことしたね」
怒り、悲しみ、不満、何の表情も浮かべない。どこか不気味な少女。イタルにボコられたハンターの妹。つまりこの娘もハンターということだ。

「……お二人ですか」
ナツと名乗った少女が、無言の助手に注意を向ける。

「おう、ワシの助手だ。風邪で喉がやられててな。一人で来た方がよかったかの」
「いえ…… もっと大勢、来てくださるのかと」
「あ? ああ、まあアイツはやっかいだからな。でも安心してくれ。ワシと助手が責任持ってワビ入れさせて連れて帰るから。……で、問題児の居所は掴めているんかの」
「この一帯の…… どこかを根城にしているようです」
ナツはゆっくりと無人のビル群を見回し、切れ長の両眼をふたたびヴィクターに向ける。
「ほう。そりゃ話が早い。はてさてどうやって探すか……」

「それは…………」

途中で言葉を切ったナツの表情が、初めてかすかな変化を見せた。
――薄笑い?

上から下へと同時に振られた2本の棒が、ジャギッと鋭い金属音を響かせながら2倍の長さに伸びる。

「貴方が悲鳴をあげてくだされば、助けに来るのではないでしょうか」

【#17に続く】

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