【デビルハンター】ジュディ婆さんの事件簿 #17(第5話:2/4)
ヴィクターはバカだけど利口。
-ジュディ-
<前回のジュディ>
日本に到着したヴィクター。イタルの一件に関係している少女… ナツと名乗るハンターと穏便に話を進めようと思っていたのだが……
(前回(#16(第5話:1/4))
(目次)
……………
■#17
「あ? もっかい言ってみ? ジジイは耳が遠くてのう」
耳に手をあてたヴィクターがトボケ顔で聞き返した。
「……貴方の四肢を粉々にし、悲鳴をあげさせ、この近くに潜んでいる例の男に助けを求めていただく、と申したのです」
一瞬浮かべていた薄笑いはすでに消え、ふたたび能面顔になったナツが淡々と答える。同時に、だらりと左右に垂らされた2本の武器…… 華奢な両腕の先から伸びる細い金属棒の先端が地面を擦り、薄暗い路地裏にカリカリカリと高い金属音を響かせはじめた。一歩、また一歩。ゆっくり、ゆっくりと歩調を変えず近づく彼女から、隠すつもりのない明確な ”殺気” が伝わってくる。
「はーあか…… こういう面倒ゴトに巻き込まれそうだから嫌だったんじゃよワシは。で? 骨を粉々にするって? 人間の骨は折るのは簡単だけども粉々にするのは難儀だってこと知ってるんかね……」
ヴィクターはため息をつきながら頭をぽりぽりと掻き、ハンチング帽を被りなおした。
「なっちゃんよ。端から ”そういうつもり” でアメリカに連絡したな? イタルを餌にすれば仲間が何人か釣れると思って。自分のホームグラウンドで戦うほうが有利だしな。あんたの狙いは…… ズバリ "混血”」
「……はい。もう2、3匹は来てくださるのではと期待しておりましたが…… その余裕ある態度と発言。貴方も ”混血” に違いありません。後ろの助手さんもおそらく。まずは貴方がたを半殺しにして例の男を呼び寄せ、殺す。……そしてまたお仲間をお呼びして、殺す…… その繰り返しで残らず滅ぼします」
「表情ひとつ変えず丁寧な感じで酷いこと言いよってからに」
この女。隠さず答えた。
ワシを逃がさず…… ここで必ず殺せるという自信の表れか。
しっかし、実際に ”混血狩り” に出くわすとは――
悪魔だけでなく、悪魔と人間の ”混血” を狩るハンター。
保護・育成が多くのハンターから支持されるようになった19世紀以降も ”混血は処分すべし” の方針を変えない少数のハンターたち。しかも目の前の ”ソレ” は見た目がまだ子供ときたもんだ。おそらくそういう家系に生まれ、幼い頃からヤバイ思想ばかり叩き込まれてきたんだろう。哀れむべき存在ではあるが……。
互いの距離が5ヤードまで縮まったところで、ひゅうと短く息を吸ったナツがアスファルトを蹴った。速い。棒切れみたいに細い脚からは想像できない速さ。弓のように上体が反り…… 頭の後ろまでおおきく振りかぶった両腕に握られた2本の武器が狙うのは―― ワシの両肩!
バティンッ!!
ヴィクターの前面にヌラリと躍り出た助手が、ナツの打撃を両腕で受け止めた。
「……金属、音?」
無表情だったナツは片眉をあげ、深々とフードを被った助手の顔を下から覗き込む。
「こ、こっ!」
初めて慌てるそぶりを見せた彼女は後方に宙返りしながら助手のアゴに蹴りを見舞い、距離を取った。
蹴り上げられた勢いでパーカーのフードがめくれあがり、助手の顔があらわになる。それはヒトの顔とは呼べない、顔の形をした顔のようなもの。何千匹という ”モノ” の集合体―― 高層ビルや屋上看板の明かりを受けて白金色のような金属光沢をはなつ物体群が、 ”助手” と呼ばれる存在を形成していた。
「驚かせちゃったかの。なっちゃんはきっとイマドキの世の中とはかけ離れた狭い世界で…… 歪んだ掟を叩き込まれて育ったローテクのヴィレッジっ子だろうから想像もつかないかもしれんけどな」
背後から助手の頭にポンと左手を置いたヴィクターが肩越しにウィンクする。
「ワシみたいに時代の二歩、三歩先をゆく超頭脳明晰富豪ジジイになるとな、こういうチーーッこい蟻さんみたいな機械を、あ、これ本物の昆虫じゃないからね。いや、実際はそういうのもあるし、もーっと小さいヤツもあるんじゃが…… まあいいか。この機械たちをね。アレコレ研究開発してよ、意のままに使いこなしちゃうわけよ。さーらーに、だ。自律分散システムって言う ”みんながんばれ” コマンドみたいなのもあって…… って、話が長いか。そんじゃ、やりますか。ホレ。…………ホレ!」
そろえた右手の指をクイクイッと動かして何度か挑発するも、ナツは無表情のまま首をかしげるだけだった。
一度やりたかっただけじゃが…… 通じるわけがない… か。
「……かかって… 来いやッ!!」
その言葉を聞いたナツがバツの字に構えた2本の棒で顔を防御しながら超低姿勢で疾駆する。
やはり。得体の知れない助手の動きが読めないから警戒している。そしてなっちゃんが狙うのは恐らくワシ…… 助手ではなく親玉であるワシを先に始末しようとするだろう。助手を飛び越えて上空から仕掛けるのは彼女にとってもリスクが高い。だから――
ナツは自身の間合いに入るや否や、左足で地を蹴った。助手の左側面をワンステップで通り過ぎた彼女は続けざまに右足で地を蹴って進行方向を調整し、あっという間にヴィクターの真横に迫る。
左右からまわりこむしかねーわなあ!
助手の頭部、首、そして肩と腕を形成していたマイクロマシンがヴィクターの左手を伝って両腕に纏わりつき、長大な一本の ”金棒” へと姿を変えてゆく。一瞬にして支えを失ったパーカーがハラリと地面に落ちた。同時に、残った助手の ”胸から下” は砂人形のようにザラリと崩れ落ちる。集団で波打ちながら地を這ったそれらはヴィクターの側面に蟻塚の如く隆起し、ナツの一撃を受け止めた。
ナツの突進開始から2秒の出来事。
防御を助手に任せ、鍛え上げた筋肉に全神経を集中していたヴィクターが…… 金棒をフルスイング!!
「がっ……!!」
クリーンヒットしたナツのわき腹からボキッと骨の折れる音が響く。
確かな手応え…… あの痣は… いや刺青か…!?
打たれた勢いで斜めに曲がった少女の首―― 喉元を覆っていた襟から覗いたその首筋に、真一文字の細い線が入っているのをヴィクターは見逃さなかった。イタルが追っている ”仇” の首にあると聞いた痣に似ている。
吹き飛ばされたナツの身体は飲食店の貧相な木製ドアを突き破り、無人の店内へと消えていった。
「フー。レディを殴るとかジェントルマン失格なんじゃが、ハイそーですかって殺される訳にもいかんからのう……。おい! なっちゃん! ごめんしてくれればワシも命までは奪わんで!」
真っ暗な店内に向かって叫ぶ。
実際のところ、助手の正体を見せちまったからには短期決着が理想だ。今はこちらが ”混血” って理由で警戒されているが…… ワシの肉体はジムで鍛えた単なるマッチョジジイでマイクロマシン頼み、肝心の能力は ”めちゃ凄い知能” と ”めちゃ凄い動体視力” ってことがバレたらさらに危険。いやチョー危険。なっちゃんがこの程度なら助手との連携プレーで勝てるが…… さきほど見た刺青。易々と決着する可能性は低い。
「おーい! 返事せんかい! 肋骨3本折ったくらいでハンターは死なんじゃろ。スーパードクターのワシが言うんだから。まあ無理に動いて肺にでも刺さればポックリいっちゃうかも……」
無反応。
明らかにおかしい。ここでワシから距離を詰めるのはリスクが高い。しかし…… 助手をフロントに配置し、ゆっくりと店の入り口に近づく。これが今の最善手。
破れたドアを踏み、店内の様子を伺うべくさらに一歩踏み込む。
その矢先、背後からヒュンッと風を斬る音――
「ぐぬっ?」
振り返る間もなく、首に糸のようなモノが巻きつく感触。その寸前…… ほんの一瞬だけ視界に入った物体の正体をヴィクターは見抜いていた。
極細の鋼線。
「1ミリでも動くと死ぬよ。その助手とかいう奴が動いても死ぬ」
背後から響く、しゃがれた女の声。年齢はワシより上?
「婆さん酒焼けか? 動かないから落ち着け」
実際、ワシが動くそぶりを見せたらシュッと首が落ちて死ぬんだろう。映画やドラマでよく見る殺人ワイヤーってやつだ。
「ナツ。出ておいで。まったくお前の未熟さにアタシは悲しくなるよ」
叱りつけるような女の声に反応したナツが、無言で店の奥から姿を現した。
「やっぱりのう」
振り向くことを許されないヴィクターはナツに視線を合わせ…… 背後の存在に向かって話し始める。
「もう一人いると思っとったよ。ワシら ”混血” を何人も呼ぶ作戦だったクセに、なっちゃん単騎で勝負するわけがない。後ろの誰かさんが言うとおり未熟で、若すぎる。で。ハンターの多くは師匠である母親と、弟子となる娘のペアで行動する。……つまり、だ。姑息な師匠がコソコソ隠れて機会を伺っているってのは予測できるワケよ。一人じゃ何もできない卑怯な師匠がよ」
「ははん。姑息で結構。卑怯で結構。クソの役にも立たない強がりは要らないよ。さあ。喚け。叫べ。精一杯の声であの生意気なガキに助けを求めるんだよ…… まずは指先から肩まで腕をハムみたいにスライスしてやるから」
できるだけ口数を多くさせ、路地の構造と声を頼りにその主との距離を概算する。4ヤード、いや、4.5ヤードってところか。鋼線を切りさえすればギリギリ防御にまわれる間合い。
「……助けを求める必要は、無いんじゃよなあ」
「あぁ?」
女の声に苛立ちが混じる。
「婆さん。ワシはな、お前の姿をここに晒させた時点で大勝利なワケ」
「あー? なに言ってんだいジジイ」
「婆さん。……婆さん、で間違いないな。お前、首に真一文字の刺青があるだろう?」
老婆が息を呑む気配が伝わる。
「なっちゃんの首の刺青を見て確信した。イタルの ”仇” にしちゃあ若すぎる。だがしかし、その師匠であるお前なら? 充分な可能性がある。お前…… イタルが執拗に追っている婆さんだろう。なっちゃんは娘、もしくは孫。混血を狩る一族ってやつだ。痣と聞いていたが、刺青だな。極悪クソ一族の証か?」
言葉を返さぬ背後の老婆に向け、ヴィクターは話を続ける。
「お前の計画はこうだ。なっちゃんの姉がボコられた。これはおそらく事実。裏を取られたらすぐバレるからな。どうせイタルにちょっかい出して返り討ちにされたんだろう……。それを格好のネタだと考えた卑怯なお前がまっとうなハンターを装ってアメリカに連絡を入れる。で、ワビを入れに来たイタルの仲間を娘を使って半殺しにする。今回はワシだな。ワシが痛いよータスケテーとか叫ぶ。居所が掴めず目障りなイタルがワシを助けるべく登場。娘とイタルが戦っているところをコソコソと婆さんが不意打ち! ……そんなところじゃろ。シンプルで姑息。でもな。こうして姿を現しちゃったもんだからその計画もパーってワケだ。……来るぞ? この静まり返った路地に響くお前の声。イタルが来るぞ? お前を殺しに。ホラ、もうすぐそこにいるかもしれん」
「…………ベラベラとうるさい。死ね」
計画が見抜かれた以上、まずはこのお喋りなジジイを殺す。そう判断した老婆が右手をグイと引き、首に巻きつけた鋼線を絞り上げた。
……が、手応えがない。
鋼線はスルスルと抵抗なく手繰り寄せられ、いつの間にか切られていたその一部が地面に落ちた。
「はー。アホダマだなあ。婆さんよ。こんなワイヤー、ワシの可愛い助手…… 小さい小さい助手の一部がカリカリかじったらソッコーで切断できちゃうんじゃよなあ。お前が目視できるレベルでゴソゴソと集団で動くと思うか? 死角に隠れて数体動けば充分なんじゃよ。……やっぱ、何世紀も前の因習に縛られて生きる婆さんにこういうイケてるテクノロジーは理解できないかのう」
指先の助手を愛でながら振り返ったヴィクターは老婆と目を合わせ、くつくつと喉を鳴らした。
「……おっと。おでましじゃよ」
ヴィクターの視線が老婆から外れる。
その視線を追って振り仰いだ老婆が見たのは、雑居ビルの屋上に立つ男の姿だった。