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【デビルハンター】ジュディ婆さんの事件簿 #18(第5話:3/4)

外見はあてにならないよ。
特にこの家業に於いては。
-ジュディ-

<前回のジュディ>
賢いヴィクターが長話をしながらそれなりに善戦した結果、イタルが追っていた ”仇” が姿を現した。そしてイタル本人も――
前回(#17(第5話:2/4)
目次

……………
■#18

―― 2006年:コロラド州 ゴールデン孤児院

青白い月の光が窓から差し込む2階の寝室。
力なくベッドに横たわる女が手を伸ばし、傍に立つ幼い息子の頭を優しく撫でながら消えそうな声で言った。
「どうかこの子を…… よろしくお願いします」
致命傷を負った女が息子を連れてゴールデンに辿り着いてから、半日が経っていた。

「任せて」
ルーシーが沈痛な面持ちで頷く。

「ありがとう……。イタル、悲しまないで… まっすぐ生きて」
看病を受けていたイタルの母は、そう言い残して息を引き取った。
最期を看取ったのは、院長に就任して間もないルーシー、ある事件をきっかけにゴールデンの手医者となっていた医師ヴィクター、そしてイタル。
「ボウズ。……いや、イタル。……すまんな。ワシが時代の二歩、三歩先をゆくような医療技術を持っていれば助けられたかもしれんのに」
肩に置かれたヴィクターの手を払いのけ、イタルは寝室を飛び出した。

「死んじゃったの?」

廊下に出たとたん少女に声をかけられ、イタルはギクリと足を止めた。
「私のママも…… 少しまえに死んじゃったんだ。パパはだんだん変になって、暴れて……」
イタルは無言で少女の言葉に耳を傾ける。
「これ、あげる。ママからもらったんだ。2つあるから」
少女は白いワンピースの胸元につけていたブローチを1つ外すと、イタルの腕を引いてその手のひらに置いた。音符の形をした銀色のブローチ。符頭の部分に、青く輝く石が埋め込まれている。
いらない、というそぶりで突き返そうとしたイタルの手を両手で包み、少女はニッコリと笑った。
「私のママね、すーっごく優しかったんだ。きっとあなたのママと一緒に私たちを見守ってくれるから。これはその目印。おそろい、おそろい。ふふふ」

「エリザベス、廊下で立ち聞きは良くないわよ」

寝室から出てきたルーシーが少女をジロリと睨みながら言葉を続ける。
「イタル、この子はエリザベス。6歳。あなたより2つ年下ね。あなたの事情はお母さんが全て話してくれました。この場所は追手に知られていないから安心なさい。……エリザベス、この子はイタル。8歳。遠い遠い日本という国から来たのよ。今日からここで暮らすことになったから…… 仲良くしてね」
イタルは頷かず、ただ黙ってエリザベスと呼ばれた少女の目… ブローチの石と同じ青い目をじっと睨みつけていた。臆することなくイタルを見つめ返していたエリザベスはふたたび満面の笑顔を見せると、気持ちのよい返事を返した。
「ルーシーさん、立ち聞きしてごめんなさい。でも任せて。もう私とイタルはお友達だもん」

ルーシーの背後からやり取りを眺めていたヴィクターは、イタルの母親から聞かされたコトの重大さをまだ充分に咀嚼できず思案していた。
日本人の父親が悪魔で…… アメリカ人の母親がハンター…………ときたか。はじめは嘘かと疑ったが、死を前にしたあの目は…… 真実を語る目だった。確かにあの傷を負いながら何時間も車を走らせてきた母親は普通の人間じゃあない。日本で殺されたという父親の方は確かめようがないが……。
これまで読み漁ってきた文献に限った話でいえば、”悪魔とハンターの” 混血が確認されたのはわずか2件。そして、ハンターの子であるのに ”男児が産まれた” という事例は皆無――
そして、人畜無害だったイタルの父親を殺し、アメリカに逃げのびた母子を執拗に追跡したという ”混血狩り” の存在。背の低い東洋人の老婆で、首に真一文字の痣があったと言っておったが……。母親が相討ち覚悟で深手を負わせたという話が確かなら、日本に逃げ帰ったのかもしれん。しかしこの先、ここを嗅ぎつける可能性、もしくはイタルが復讐の念に取り憑かれて厳しい道を辿る可能性もある。
…ま、ワシはここに出入りするただの医者。明日もクソみたいなお偉いさんたちのオペ、オペ、オペ。後のことは孤児院の関係者にお任せして、家に帰って一杯やるかのう。……クソ。ワシにもっと研究開発のための金と時間があれば――

◇◇◇

―― 現在:日本 東京都渋谷区

ジーンズのポケットに両手を突っ込んだまま屋上の縁を蹴ったイタルは老婆の眼前に音もなく降り立つと、神速としか言いようのない後ろ回し蹴りを放った。
手練れの老婆ですら防御も回避も許されず、イタルの足裏が正確に鳩尾を捉える。「おげぇ」と胃液を吐きながら10ヤードほどノーバウンドで吹き飛んだ老婆はさらに10ヤードほどアスファルトの上を擦り転がり、ガン! と大きな音を立てながら路上看板に衝突した。

イタルの奴…… ロクなもん食ってないハズだが、しばらく見ない間にまた少し背丈が伸びたな。6フィートあるか、ないかってところか。
薄汚れた黒のレザージャケットに、あちこち擦り切れたジーンズ。ボサボサに伸びた黒髪の毛先が肩に届いている。精悍だった顔は極度の栄養失調でやつれ…… こりゃまるで売れないロッカーを通り越して餓死寸前の家なき子だ。しかし―― 落ち窪んだ両眼は、獲物を前にした猛獣の如くギラついてる。
「イタル。わかっているとは思うが、そいつが、あいつだ。任せた。細いワイヤーを使ってくるから注意しろ。ワシはこっちの女の子を何とかする」
鋭い眼光を老婆に向けたままのイタルは、ヴィクターの呼びかけに反応を示さない。
「イタル… イタルくん…… 聞こえてますか……?」
……まあいい。勝手にカタをつけるだろう。ワシはなっちゃんを大人しくさせんとな……。できれば殺したくはないがッと!!
ガッ、ガキンッ!!
飲食店の中から突として飛び出してきたナツの2連撃。
――短刀? 警棒による打撃は不利とみて得物を持ち替えよったか。
ヴィクターは助手を分厚い2枚の円盾へと変化させ、急所を狙った刺突を二度、三度と防ぐ。
こいつ、肋骨がいってるってのに無表情で殴りかかりよって…… モルヒネでも打ってるんか? この状況で逡巡している余裕はない。寝覚めが悪くなりそうだが致し方あるまい……!
ヴィクターは円盾を形成していた助手を散らし、チェスターコートを脱ぎ捨てた。間を置かず、散り散りになった助手が筋肉でパツパツに張った小豆色のセーターの表面を這い回り、機械式のボディスーツを形成してゆく。首、肩、胴、腕…… 纏った助手の状態を確認し終えたヴィクターは空手の構えを取り、鋭い眼をナツに向けた。
「覚悟せえよ」


一方、出会い頭に鮮烈な一撃を喰らった老婆は続けざまにイタルの猛襲を受けていた。
呻き声をあげ、鳩尾を抑えながらうずくまっていた老婆が顔をあげると、わずか10インチの距離まで走り迫っていたイタルと目が合った。
「ヒッ! ブッ!」
容赦のない飛び膝蹴りが老婆の鼻頭を潰す。
痛打によって天を仰いだ老婆。その無防備に晒された喉元に、追い討ちの前蹴りが見舞われる。
「グケッ」
絞められたニワトリのような声をあげながら吹き飛んだ老婆は、背中を電柱に強く打ちつけた。
「ヒュー、ヒュー、ぢょ… ゴブッ、タ、タイム」
電柱を背もたれに座り、承諾されることのない停戦を呼びかける老婆。その鼻と口からボトボトと垂れる血を汚物を見るような目で見つめていたイタルは己の右足を持ち上げ―― ふたたび前蹴り!
「ヒべっ!!」
顔を背けた老婆の右頬にブーツの踵がめり込む。
電柱と靴底にプレスされた右頬と左後頭部が同時に砕ける音とともに、老婆は白目を剥いて沈黙した。


イタルの方は順調じゃな…… 痛そう……。
15ヤードほど後方でいたぶられる老婆をチラと確認したヴィクターはナツの方へと向き直り、しかめ面を真顔に戻して宣言する。
「こっちもカタをつけるで」
カタをつけるのはこちらの方、と言わんばかりに矢継ぎ早に繰り出されるナツの猛連撃。それらを流す。さばく。ヒッティングポイントとタイミングを外しながら受ける。互いの息遣いが聞こえる距離で防御、防御、防御…… 防戦一方だったヴィクターがおもむろに腰を落とし、正拳突きの構えを取った。
反撃を察知したナツは後方に飛び退こうとする。
――が、両脚が動かない。
眉を寄せながら足元を確認したナツは目を見開いた。
ナツの膝下からアスファルトへと放射状に伸びる、無数の糸のようなモノ。
線状に連結した助手がアスファルトを噛み、ナツの両脚をガッチリと固定していた。
「いくら小型とはいえいっぺんに飛ばしたらバレちまうから… 少しずつお前さんの身体に移しとったんじゃよ。半分ばかしな。穴という穴にコッソリ侵入させて体内を食い散らかすって手もあるんじゃがチト惨たらしいからやめた」
ヴィクターの身体に残っていた助手が腰、肩、腕へと集合する。
スッと深く息を吸う音。
目をカッと見開き、引き手の位置で握り固めていた拳を突き出す!
「セッ!!!!」
 出足の重心移動、そしてしなやかな筋肉が生み出す腰の切り返し、拳の螺旋回転…… そこに助手のパワーアシストが加わることで爆発的な威力を得た正拳突きがナツの胸骨を粉砕した。直撃と同時にナツの膝から上がその場でグルンと後方に突き倒され、背骨と後頭部を地面に強打する勝利の音がヴィクターの耳に届く、が!

――違和感ッ!!

ヴィクターは己が感じた違和感をすぐさま分析する。肋骨はすでに3本折れていたはず。しかしいま…… 胸骨を砕いた瞬間に得た感触は、 ”無傷の肋骨” へと突きの衝撃が伝わってゆくものだった。すでに回復していた? いや、ハンターの治癒力を考慮しても早すぎる。何かがおかしい。
残心をとったまま下を見ると、仰向けに倒れているナツと目が合った。
ワシのハイパー正拳突きをモロに喰らって意識があるとか華奢なクセしてどんだけタフなんじゃ。まあ相当なダメージはあるだろうから縛り上げてしまえばいいが……。
イタルの方はどうか。大丈夫か。背後を確認しようと上半身を捻った瞬間、ヴィクターの身体がドッ、と揺れた。
「かはッ」
右の脇腹に焼けるような痛みが走る。わずかに遅れて口の中に血の味が充満しはじめた。状態を確かめねば、と視線を落とすと、ふたたび目が合ったナツが笑っている。口角を吊り上げ、細い目をさらに細めながらニンマリと―― これはマズイ予感しかしない。顎を引いて脇腹を確認する。

「おいおいこりゃ……」
ヴィクターの右脇腹に、ナツが使っていた武器…… 2本の棒が深々と突き刺さっていた。

「ナツ姉さん… もっと早くやってくだされば良いのに」
目の前で倒れているナツが黒い瞳を左に動かし、振り絞るような声を出した。

「ごめんなさい、アキ。隙が生じるのを待っていたものだから」
右手からも、ナツの声。
破れた木製ドアを踏み、薄暗い飲食店の中からナツがもう一人現れた。

【#19に続く】


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