見出し画像

ダンジョンバァバ:第8話(前編)

目次

深く穿たれた堀に架かる巨大な跳ね橋を渡った5人は、ドラゴンですら悠々とくぐれそうなほどに高やかな城門を通り抜ける。
「大きいですねぇ」
見上げたヘップの首は、折れんばかりに反っている。
「無駄にな。見栄っ張りのバカにコキ使われる奴らが不憫だぜ」
隣を歩くセラドは、咥えていた小枝と悪言を同時に吐き捨てた。
城壁の内側で一行を迎えたのは、先が見渡せぬほど長大な石畳通り…… その両脇にズラリと建ち並ぶ店、店、店。石造りのそれらには例外なく装飾看板が吊られており、人混みにおいても何を取り扱っているのか一目でわかる。遠旅用の雑貨や食糧品を売る店は軒先にテントを張って陳列スペースを拡張し、行き交う人々に威勢良く声をかけていた。
「うわぁ、賑わってますねぇ」
周囲を見回しながら、ふたたびヘップが驚きの声を漏らした。背の低いホビットに注意を払う者は少なく、油断していると蹴飛ばされそうになる。
「まあな。プラチナムは三本の指に入る大国だ。地理的にも旅人にとっちゃ便利だからいつでもこんなもんさ」
馬を引くセラドは珍しくもなさそうに言い、人の波を避けるように脇道に向かう。
「まずは馬を預けて宿を確保。で、早めの晩飯にしようぜ」
「ああ」「お腹すきましたね~」
フードを被った女性2名が、セラドの背後で賛意を示す。オーガのルカは、その素性を隠すためにフードを深々とおろし、さらにスカーフで口元を隠している。翡翠色の髪と長い耳を隠していたサヨカは、ここでは不要と判断してかフードを両手で払いあげた。
「買い物はどうしますか~?」
「明後日にはここを発つからな。明日まとめて頼むぜ。道具も食い物もたっぷりな。こっからストロームに着くまではシケた村しかねぇからよ」
「頼む、だと? 貴様は何をする」
ルカが、勇ましい白眉の根を寄せてセラドを睨む。
「ひ・み・つ」
「ふざけんなヨ……!」
「ホッホ! 人間族ばかりと思っておりましたが、意外や意外」
すかさず話題を変えたホーゼは、ルカの背嚢から顔を覗かせ、興味深そうに通行人を眺めている。大半は人間だが、ハーフエルフが全体の三割ほど。その他、ホビットやウッドエルフ、稀ではあるがバーバリアンも大きな荷物を背負って歩いていた。
「その辺の縛りはユルイからな。ここで生まれ育ったハーフエルフは結構多いんじゃねぇか。あの壁の向こうは別として」
セラドは言いながら、都市中央部にそびえる ”2枚目の城壁” を一瞥する。実際は ”3枚目” も存在するが、5人の位置からは見えない。
「あの黒い垂れ幕は?」
ヘップが指さしたのは、2枚目の城壁に垂らされた大きな黒布。
「お偉いさんが死んだ、って意味だ。1年もメソメソと続けるのさ。民も偲んで生活を慎むべしとか言うけどな。見ての通り誰も気にしちゃいねーよ」
「ホッホ… 安全圏から牛耳るのはあくまで選ばれし王族とその臣下。と。人間族らしいやり方ですな」
「ああ…… そういえばドゥナイ・デンで。じきに1年ですかね」
ヘップは、従者とともにニューワールドで悪酔いしていたプラチナム王国の王子を思い出す。わずか数日で消息が途絶えた王子一行。そんなことなどすっかり忘れたころになって、捜索隊を名乗る兵士数名がドゥナイ・デンにやって来た。彼らは形式的な聞き込みをしただけで、ダンジョンには潜りもせずに王国へと帰っていった。

(セラドさんがドゥナイ・デンに来たもの同じ時期だったなぁ。あの頃は荒れてて…… スゴイ目つきしてたっけ。まさか一緒に何かをするなんて思ってもみなかったなあ。いやそもそもオイラがまたこうして旅するなんて……)

「ここは鉱物の交易で栄えたと聞いておりますが」
ホーゼの声で、ヘップは我に返る。
「ああ。このあたりの鉱山で採れるブツはどれも評判がいいからな。目当てで来るのは人間だけじゃないってことさ。武具や農具も質がいい」
「ふん…… 随分と詳しいんだな」
ルカが言うと、セラドは自嘲気味に笑った。
「ガキの頃から詩を習ってるとよ、嫌でもあちこちの歴史やマツリゴト… チンケな英雄譚… そんなことに詳しくなっちまうのさ。ま、ほとんどが媚や嘘にまみれてロクに信用できねーけどな」
そう言って露店の主人にコインを投げ、葡萄酒を1本手に取る。
「酒の味は嘘をつかねーから好きなんだ」
「飲みたいだけだろ」

―― ここは、カナラ=ロー大陸中心部からやや南西に位置する強国、プラチナム。港町ビスマを目指すセラド、ヘップ、サヨカ、ルカ、ホーゼの5人は、馬の脚を休めるためにこの城郭都市に立ち寄っていた。

◇◇◇

第8話『旅』(前編)


オーガとトロルの戦から2日後。
オーガの王フロンは近い将来に再訪することを約束し、ルカとホーゼを残して火吹き山に帰った。
そしてその翌日、閉店後のニューワールドに呼び出された5人―― セラド、ヘップ、サヨカ、ルカ、ホーゼは同じテーブルに座り、今しがた受けた説明を咀嚼していた。
「アンタが行けばいいだろ。ゲートで」
まず口を開いたのはルカだった。他の4人も揃って頷くが、バァバは首を横に振る。
「無理。大陸の外だからね。行ったことのない場所にゃ飛べないよ」
「その離島に近い…… ビスマって港町には、無いんですか? ゲートの、印ってやつが」
ヘップが口を挟む。
「あるよ。あの町は何年もご無沙汰だけどね。私の印は、ある」
バァバが言うと、セラドは眠そうに欠伸をしながら頭を掻く。
「ならバァバがビスマに飛びゃあいいだろ。で、船に乗る。オレたちがわざわざ長旅する必要もねぇさ」
「ヒヒ…出入り禁止でね。商売でモメて…… あそこの連中は血の気が多いからコワイコワイ」
「あ? なにしたんだよ…… じゃあせめてオレらをゲートで」
「それはノー。この旅は限られた時間のなかで5人の連携を密にするチャンス……」
「そんなもんダンジョンで敵をブッ殺してりゃ自然と深まるぜ」
「同感だ。仲良しごっこが必要とは思えない」
ルカも、横目でセラドを見ながら同調する。横で「あっ」と切れ長の目を丸くしたのは、サヨカである。
「ホーゼさんはメイジですよね? 使えないんですか? ピューっと。私たちを港町へ」
「ホッホ。メイジはグループゲートが使えません」
「そうですか~」
「クク…。ラクをしようとしない。これはただの仲良し旅行でもおつかいでもない。フェルパーたちが故郷を離れて無人島暮らしってのは余程の訳があるはず。それをお前さんたちに解決してもらいたい」
「めんどくせ…… 猫人族ねえ。その女王の、ドーラ? ってのはよ、アンタらと一緒に戦ったわけだろ?」
「ソ」
「なんでそんなに疎遠なんだよ。やっと居場所を掴んだって言うけどよ。向こうから手紙のひとつくらいよこせって話だぜ」
セラドがボヤいていると、カウンターの向こうでバグランが言った。
「フェルパーはそういう種族だ。この状況も理解していない可能性が高い。だが、知れば必ず動く」

◇◇◇

宿を確保した一行は賑やかな中央通りに戻り、セラドの誘導に従って酒場に向かう。
「飲み食いできる店はいくつもあるんだけどよ。やっぱり酒と肉がうまいところがいいだろ? 支度金はたんまり貰ってるからパーっとやろうぜ」
セラドはそう言って人を掻き分け、足取りも軽く進んでゆく。遠旅のための食糧品や道具類の店が目立っていた城門近くと違い、新鮮な野菜や果物、精肉や魚を取り扱う店が所狭しと並び、市場目当ての客らで賑わいを見せている。まだ夕食時には少し早いが、あちこちの食事処に吸い込まれてゆく人々も少なくなかった。
「トンボさんやニッチョさんが来たら興奮しそうですね」
ヘップは、ドゥナイ・デン自慢のシェフ2人の顔を思い浮かべる。
「かもな。あんなクソ僻地であれだけ上手くやってるんだ。自家栽培や山川で調達できる食材にも限りがあるしなぁ…… 一部はここより近場の村から仕入れてるみてーだが。あの2人の腕がありゃプラチナムでも大繁盛すると思うぜ」
「セラドさんが人を褒めるなんて珍しいですね」
「おっ、ヘップくん。言うようになってきたじゃねーか」
「わ、綺麗~」
小突き合っていたセラドとヘップが、サヨカの声に振り返る。彼女の視線の先には、宝飾品を並べる小さな露店があった。
「やめとけ。ニセモノ掴まされるだけだ」
セラドが手をヒラヒラさせると、サヨカは「そうなんですか」と肩を落とす。
「干し肉ならまだしもよ、あんな即席露店に高価な品を並べると思うか? この人通りだ。スラれても気づかねーし、店番がひとりじゃ気づいたとしても追いかけられねえ。追ってる間に他のが盗まれちまう。つまりその程度の代物ってことさ」
セラドはその言葉を証明するために、「見てな」と言って露店商に近づいてゆく。目深にフードを被った露天商は粗末な椅子に座ってこうべを垂れ、居眠りしているかのように動かない。
「よう、起きてるか? コレ幾らだい?」
「3000イェン」
「ホラな。ボッタクリだ…って、エッ? ……その声」
セラドがギョッとして後ずさる。商人がゆっくりと頭を上げると、フードの下には見慣れた老婆の顔。
「バァバさんじゃないですか~」「エッ、先回り?」「なんでババアがここにいるんだヨ」「ホッホ!」
「ヒヒ…買取品を加工して小銭稼ぎってところさ。それにアンタらが真面目にやってるか心配でね」
「チッ。驚かせやがって。ハイハイやってるやってる。ド真面目にな。馬に乗りすぎてケツが痛ぇよ」
「ホウ。パーっとやろうぜ、なんて借金大王の声が聞こえたのは… アタシの空耳かね?」
バァバが片眉を吊り上げ、ギョロリとセラドを見上げる。
「あ? ああ、そりゃあ、まあ…… 時には英気を養わないとな」
「バァバも一緒に食べましょうよ~」「あ、それいいですね! オイラ賛成」「ホッホ!」
「ホーゼ! 死んでるババアと飯なんか……」「ちょ、テメーら勝手に決めんなよ」
3対2。

◇◇◇

セラドが「ここは間違いない」と案内した店は裏路地で控え目に看板を出しており、中央通り沿いの競合に比べて客も少なかった。しかし不愛想な店主がテーブルに並べてゆく料理はいずれも絶品で、こだわって仕入れているというプラチナムエールもバグランのそれに負けず劣らずの味わいだった。
「あの、質問いいですか?」
食事をひととおり終えたタイミングで、ヘップがバァバに話しかけた。
「なんだい」
「ふたつあるんですけど…… ドゥナイ・デンで話を聞いてからずっと気になっていて」
「どうぞ…ヒヒ」
バァバは頷きながら店主に合図を送り、エールのおかわりを注文する。
「ダンジョンに結界を張った、って言ってましたけど、皆さんがあそこに入らない理由と関係あるんですか?」
「ああ。あるよ。……入れないのさ。正確に言うなら、アタシが地下1階に踏み込んだ時点で出入り口の結界は散る。ここぞとばかりに地上に這い出てくるだろうね。奴らは。……21階の封印はまた別の話。だが刺激しないためにも6人は入らないと決めている」
「なるほど……」
「ヘッ。オレたちにビビって出てこないんだと思ってたぜ」
「バカは黙ってろ」「ああ?」
ルカがセラドを睨む。セラドも睨み返す。
「ホッホ! お嬢。セラド殿。ここはヘップ殿の質問に耳を傾けましょう」
「ソ。ホーゼの言う通り。お前さんたちは黙ってな。……で、もうひとつは?」
促されたヘップは軽く咳ばらいをしてから続けた。
「えっと……ですね。なぜ、賢者ふたりは厄災になってしまったのですか。ヤコラの手記には ”倒した” と書いてありましたし、その後50年間は賢者のままだった。なのになんで……」
「クク…いい質問」
満足げに何度か頷き、バァバは続ける。
「……それはね。倒したその瞬間、厄災の一部…… 魂の欠片みたいなものが賢者の肉体に転移した、と考えている」
「タマシイの、カケラ……。それが50年かけて力を取り戻して賢者の肉体を乗っ取った……、と」
「ソ。まあ厄災に魂なんてモノがあるかは知らないけどね。そう例えるのがわかりやすいし、そうだろうとほぼ確信している。50年前… アタシらが地の厄災を討った時は翌日にアイツそのものが復活してるからね。6人とも無事ってハナシ」
「じゃあ、倒したらまた同じことに」
「ならないね」
「なぜ」
「その辺は心配しなくていいさ…ヒヒ」
はぐらかされたヘップは考え込むように黙り、タイミングを計ったように店主がエールを運んでくる。
「俺もひとつあるぜ」
全員の視線がセラドに集まる。「どうせくだらない質問だろ」とルカは鼻で笑ったが、その男の目がいつになく鋭いことに気付き、それ以上は何も言わなかった。
「ハイ、セラドくん。ドーゾ」
「いいか、正直に答えろよ? ……ダンジョン発見の知らせが大陸中に広まったのが約2年前だ。で、ハンターたちが殺到。ま、オレらが訪れた時にはだいぶ盛り下がってたけどな。死ぬか、泣いて国に帰るかでよ」
”オレら” という表現が何を指すのか知っているヘップは、顔を曇らせた。酒に溺れた一匹狼のバードが異常なペースでダンジョン探索を繰り返していた理由を思い出す。ふと視線を下に移すと、セラドの右掌が―― 左腰に吊った剣の柄頭に乗せられている。
セラドは言葉を切り、バァバの表情を伺っている。バァバはなみなみと注がれたエールを一気に飲み干し、「もう一杯」と言ってからゲップを吐いた。
「……だが、テメーらはその存在を知っていた。50年も前からな。……なのに知らん顔して武具屋だの酒場だの診療所だの開いて商売してよ、ノコノコとやってくるハンターたちが地下でバンバン死んでいくのを黙って見ていたわけだ」
セラドはふたたび言葉を切り、すっかり馴染んだ金属製の左手で葡萄酒の瓶を掴んでグイと呷る。濡れた髭を袖口で拭い、終に質問を投げた。
「……テメーらだろ? 2年前、ダンジョンのこと言いふらしたの」
「ソ」
即答。バァバは頬杖をついたまま、素っ気なく言った。少しだけ目を細めたサヨカ、ルカ、ホーゼの3人と対照的に、ヘップは目を丸くして2人の顔を交互に見る。セラドは「フン」と小さく鼻息を漏らし、ギロリとバァバを睨んでいる。先ほどまで柄頭に乗っていた右手は、柄に移動していた。
「その目的は…… 人材発掘。ダンジョンは餌。そうだな?」
「ソ。50年もかけたのに逸材がぜんぜん見つからなくてねぇ…ヒヒ」
「…………罪悪感は」
静かに尋ねるセラドの義手が、鞘を掴む。
「ハァー? 罪悪感? んなモン微塵も無いさ。こっちは最初から ”世にも恐ろしいモンスターが徘徊する謎のダンジョンがあります” って言ってるんだ。強制した覚えもない。となりゃ、あとは挑戦者の自己責任だろう? 書物にしか出てこないようなバケモノを討ち取って名を上げたい奴もいる。レアなブツで一攫千金を狙う奴もいる。難病の家族を救うために貴重な素材を採りに来る奴もいる。それに戦もめっきり減っちまって堂々と人を殺せないご時世だ。とにかく何かをブッ殺したい奴だっている。腕試ししたくてウズウズしてる奴も。鍛錬目的の奴も。どいつもこいつも自分で来たくて来てるんだ。文句を言われる筋合いは無いね。1000人いたら1000人が自己責任。完全に」
抑え気味の声で、バァバが一気にまくし立てる。
「流血沙汰は外で頼みますよ」
店主は小声で言いながらエールを置き、カウンターに戻ってゆく。
バァバをじっと見据えていたセラドは…… 柄から手を離した。
「ならいい。お涙チョーダイなクソ言い訳しようもんならその首を刎ねてやろうと思っていたけどよ。ま、死人に効果があるのか知らねぇが」
張り詰めていた空気が緩み、全員が飲み物に手を伸ばす。
「正しく言うなら、アタシが提案者。少しばかり意見は割れたが最後は全員…… ドーラは音信不通だったから除くよ。全員が納得した。ヤコラの封印が弱まりつつある今、ケツに火がついてたしね。で、アタシが情報を流した」
「そんなところだろうよ」
「ヒヒ…腹の虫はおさまったかい?」
「おさまらねーな。許せねぇ」
安心しきっていたヘップがギョッとしてセラドを見る。しかし先ほどまでの険しい表情はそこになかった。
「……オレとヘップだけが知らなかったってことにな」
「ククッ。まあまあ。いい話を持ってきたから…… アタシがここに来た一番の理由さ。それでオアイコにしようじゃないか」
「いい話? 怪しいもんだぜ」
「ヒヒ…人を疑ってばかりじゃ疲れるよ?」
「ケッ。誰のせいだと思ってんだ。で、本当にいい話なんだろうな」
「そりゃもう。チョット寄り道になるけどね。その価値はある」
「気になります~」「そんな暇なんてあんのかヨ」「ホッホ…」
口をつぐんでいた3人が会話に加わり、バァバに注目する。
「エー、静粛に。では明日にでも、やってもらおうかね」
「やる? やるって、何を」

バァバはクツクツと笑い、全員を見渡してから言った。

「虫退治」

中編に続く

いただいた支援は、ワシのやる気アップアイテム、アウトプットのためのインプット、他の人へのサポートなどに活用されます。