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『もとに戻らず、前に進む』(オトナの恋愛ラジオドラマ・イシダカクテル_2021年7月6日(RE:7月10日)オンエア分ラジオドラマ原稿)

夜が、記憶の夜より、暗いのは夜のせいじゃない。

ましてや、夜が短いのは、夜がそうさせたわけでもない。

いつからだろう。

何かに怯えながら
毎日を過ごすことに慣れてしまったのは。

どこからだろう。

僕たちは、まっすぐ続くと思っていた道が、
スタートもゴールもわからない道になっていたのは。

いまとなっては、何もかもが思い出せない。


でも、きっと僕らは、また…。




(ふたりは居酒屋のカウンターに座っていた)

「お疲れ様〜、かんぱーい」
「かんぱ〜い」
「ぷは〜、美味しい!この瞬間のために生きているよね」


僕らは、同じタイミングでジョッキを置いた。

仲良く並ぶジョッキ。

飲んでいる間はわからなかったけど、
ジョッキを見比べると、彼女の減り具合に、僕は微笑んだ。


「ガサツなやつだと思った?」
「いやぁ…知ってる」
「いいの、このくらい飲まなくちゃ、やってられない日もある」


ふたりでお酒を楽しむことは、これまでもあった。

何度もあった。

何度もあったけど、すべては覚えていない。
大きな集合体で覚えている。


でも、その集合体は一度消滅した。


どちらかが悪かったなんてことはない。


お互いの生活に余裕がなくなり、僕らは次第に距離を取るようになった。
気づけば、僕のとなりに彼女はいなかった。

月日は流れた。


世は不要不急を求めはじめた。


要るものと、急がないもの。


大事なことに気づかされるまでに、そう時間は必要なかった。
離れた距離は思ったよりも遠かったけれど、距離は少しずつ縮まるように感じていた。
画面越しにならぶ、ふたりのグラスは、いつも何か物足りなさを感じていた。


今夜は、寂しさを感じることなく、飲み比べできるほどの距離に近づいた。


「ねぇ、なに食べる?」
「そうだな〜、ポテサラ、頼んでいい?」

「あのさぁー、こんなにメニューがあるんだよ!もっとさぁ、ほら、あるじゃん!お店だからってもの」
「いや、でも、ここのポテサラが好きだったでしょ?食べる?」
「え〜…まぁいいけど」

今夜、彼女の声がサーバーダウンして途切れる心配はない。


「では、改めて」
「改めて、どうする?」
「それは、今夜ゆっくり話そう」


彼女は僕の目をまっすぐ見て、優しく、そして大きくうなずいた。



(にぎやかな夜景がふたりを包む)


夜が、明るいのはネオンのせいじゃない。


ましてや、夜が長いのは、夜がそうさせたわけでもない。


スタートとゴールなんて、無理に決めなくてもいい。


もとに戻ることはない世の中で、僕らのリアルは続くのだから。


おしまい



※こちらの小説は2021年7月6日放送(21:00~21:30)
LOVE FM こちヨロ(こちらヨーロッパ企画福岡支部)でラジオドラマとしてオンエア https://radiko.jp/share/?sid=LOVEFM&t=20210706210000

※こちヨロは2021年7月より土曜日13:30~14:00でも火曜日の放送をREPEAT放送でお届けします。

今回の作品は番組ディレクター執筆のDカクテルです。

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