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ひとやすみ

この前、窓を開けて働いていたら、外から珈琲豆の香りが風に乗って入ってきてた。
ふわっと部屋中がいい香りに包まれる。
きっと、交差点を渡ったところにある珈琲店からの香りだろう。
その珈琲店にはよく行くから、あのおじさんとおばさんが豆を挽いている姿が想像でき、わたしも頑張って働くかと、作業に戻った。
こうやって珈琲の香りで自分を鼓舞していたら、大学時代のアルバイトを思い出した。

大学生になったばかりのころ、求人誌に「まかない付き」と書いてあるのを見て、中華料理店でのアルバイトを始めた。
新しいことを覚えるのに精一杯なわたしに、最初に任されたのは厨房での皿洗いだった。

やってみて分かったのは、皿洗いに終わりはないということ。
特に週末になると、洗っても洗っても、厨房のカウンターに食べ終えた食器がどんどん積まれていく。
減らない食器を見て心が折れそうになるとき、そんなときは「レモンで磨くといい!」と、先輩から教わった。

お店では唐揚げにくし形切りにしたレモンを添えて提供していたけれど、レモンは皿の上でコロンとしたまま厨房のわたしのところにやって来ることが多かった。
そのくし形切りのレモンを集めて、皿の山を見てため息が出そうになったら、シンクの蛇口まわりにレモンを押し付けて磨いた。
「シンクもきれいになるから一石二鳥でしょう?」
先輩はそんなことを言っていた。

さわやかな香りに包まれて落ち込みかけた心がスッと軽くなる。
そうやって気持ちを切り替え、また、皿を洗い続けた。

中華料理店のアルバイトは大学を卒業するまで続けた。
新人さんが入るたび、厨房の皿洗いを教えるときは決まってレモンのことも伝えた。
もっと教えるべきことがあっただろうに、先輩から教わったレモンで救われた経験があったから、レモンでリフレッシュするといいよと、アドバイスを添えた。

仕事中に不意に入ってきた珈琲の香りでリフレッシュしている自分に笑ってしまう。
大学生の頃と変わっていない。
仕事中の息抜きは社会を渡り歩く処世術で、それを大人になる前に見つけていたのは、アルバイトのおかげだと思う。


社会に出て働くこと自体が初めてだった、あのアルバイト。
忙しいし、怒られることもあったけれど、働くことのいろはを学べた、いいバイト先だった。
ときどきこうやって思い出しては、あの時間が恋しくなる。


高知暮らしの「よみもの」を気ままに綴る #高知の歩き方
なんでもないわたしの日記エッセイです。
田舎を楽しむヒントをおすそ分け。
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