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型とレプリカ 美術と複製の話 :3

承前

 レプリカが果たす役割の一側面として、文化財保護がある。
 本物の代わりにレプリカを展示することで、劣化・損傷のリスクが低減できる……といった点もこれには含まれるが、今回扱うのは、もっと物騒。「盗難」の話題である。

 仏像の盗難が、しばしばニュースとなる。なかでも長野・善光寺本堂の《賓頭盧(びんずる)尊者像》が持ち去られた事件は、記憶に新しい。
  「さわれるほとけさん」として、300年以上ものあいだ、参拝者の切実な願いをその肌で受け止めてきた「びんずるさん」。善光寺詣でをする人はみな、このびんずるさんのどこかしらにふれる。
 前年には7年に1度の御開帳があり、多くの参拝者を迎えた。びんずるさん遭難の報を他人事とは思えず、固唾を呑んで見守った人も多かったはずだ。わたしも、そのひとりだった。

 善光寺の一件は、近年最も耳目を集めた仏像の盗難事件となったが、この種の事件のメディアでの扱いは通常、かならずしも大きいとはいえない。明るみに出ない被害も多々あるという。
 この件の犯人は「像に恨みがあった」という不可解・不条理な供述をしているけれど、仏像を盗むにいたる動機はこういった個人的な怨恨や主義主張よりも、換金目的がはるかに多い。
 ネットオークションで、個人でも容易に美術品を売りさばけてしまう時代でもある。さらに、無住の寺や管理の行き届かない所蔵先が増えており、ターゲットにされやすいという背景がある。

 ※このお像は、すぐにもとのお寺に戻された。

 しかし、お寺の方々はもちろん、地域の人びとにとっても、先祖代々にわたって信仰の対象とし、コミュニティの中心を担ってきたお像はかけがえのない存在だ。
 お像が失われることは、その土地に堆積された長い時間の否定であり、手足をもがれるに等しい悲痛であろう。

 そこで、レプリカの活用である。
 3Dプリンタを駆使して「お身代わり仏像」を制作し、お堂に祀る。本来のお像は収蔵庫に収めたり、地域の博物館・資料館へ寄託するなどしてセキュリティを担保する。
 これにより、信仰対象としての日々の参拝と、文化財としての保存・盗難対策の両立が可能となるのだ。
 この取り組みを主導する和歌山県立博物館では、関連する展示をさかんに開催。今後さらに、広まっていってほしいと思う。

  「御前立(おまえだち)」という概念がある。
 御本尊はとばりの奥に秘し、代わって、その姿を模してつくられた像を直接の礼拝対象とするというもので、昨年開帳された善光寺のお像も、絶対秘仏の御本尊に代わる前立像(鎌倉時代  重文)であった。
  「お身代わり仏像」は、現代の智慧と技術によって生み出された、新しい前立像と考えることができる。
  「3Dプリンタで複製したレプリカ」というと、なんだか冷徹な印象を受けてしまうけれど、和歌山のケースでは、県内の学生さんによって丹精込めて仕上げが施される。
 これまで拝んできたお像にそっくりなだけでなく、人の手が加えられて、温かい。さらに、コミュニティ外に新たなご縁が生じもするのだ。
 とても理にかなった、理想的な選択肢ではないだろうか。(つづく


昨年、御開帳時の善光寺境内。中央の回向柱には「奉開龕前立本尊」とある


 ※和歌山県立博物館の取り組みに関しては、以下のリンクや「仏像盗難被害の現状と対策」を参照。


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