型とレプリカ 美術と複製の話 :2
(承前)
三重県の津市に、変わり種の美術館がある。
パリ・ルーヴル美術館が所蔵する彫刻作品から型どりしたレプリカを展示する「ルーブル彫刻美術館」である。
近鉄大阪線「榊原温泉口」駅の目の前にあり、車窓から見る機会が何度かあった。大きな看板と、施設からはみ出した見覚えのある巨像がひときわ目を引く。
ルーヴル美術館公認の姉妹館で、レプリカも現地で製作されたものという。材質こそ異なるが、原寸大ということになる。
型どりに最も適した分野といえば、彫刻である。ルーブル彫刻美術館の展示品のように、作品の外側から型をとれば、模刻をせずとも現物に近いレプリカができてしまうのだ。
ブロンズなどの鋳造像は、そもそもが型で制作されている。つまり、もとの型さえあれば、型の耐えうるかぎりはいくらでも「ホンモノ」を生み出すことができる。ホンモノに、複数性がある。
そのため、近代の鋳造作品の文化財指定は、型が残っている場合は型を対象としている。荻原守衛の《女》だって、朝倉文夫の《墓守》だって、重要文化財の指定は作品にではなく、オリジナルの石膏型に対しておこなわれている。
本来の型から起こせば、作者の意図した作品ができる。
しかし型でなく、作品からさらに型をとりなおして起こせば、同じ大きさ・かたちのものこそできても、彫りは浅く、造形の鋭さは失われ、細部は甘くなる。その是正をはかるために、他者の手が加えられる。そうなるともう、作者の意図が及ばないレプリカということになる。
ルーブル彫刻美術館では、レプリカを単なる資料や参考品というよりは、いわば鑑賞性をもつ「作品」として展示しているが、同種のものとして、思い浮かぶ例がふたつほどある。
ひとつは、箱根・彫刻の森美術館にある木喰「十一面観音像」。
この館の展示は屋内、そして屋外に分かれており、木喰像があるのは、なんと屋外のほう。露坐の木喰仏である。
ただし木彫の作品ではなく、そこから型をとったと思しきブロンズ製のレプリカだ。
館の公式ページには記載がなく、館内マップの片隅に小さく示されるのみ。ネットにも、画像はほとんど落ちていない。
近現代彫刻の愛好者――というか、彫刻の森美術館にレジャー気分でやってくる若者や家族連れは、仏像なんて眼中にないんだろうな……といった嘆きはさておき。「箱根の木喰仏」を捉えた貴重な一枚を以下のページに見いだせたので、ご覧いただきたい。
※モデルはおそらく、新潟・長岡の寳生寺の作。模刻を型どりしたものかもしれない。
神奈川県立近代美術館の葉山館にも、近現代の石や金属による彫刻作品に混じって、古い像のレプリカが立っている。
古墳時代の《石人》(原品=6世紀前半)である。
九州最大級の前方後円墳にして、筑紫国造・磐井の墓として知られる岩戸山古墳(福岡県八女市)は、この「石人」や「石馬」によって守られていた。
うち1体が、幕末になって久留米の殿様から中津の僧へ贈られ、巡り巡って現在は大分県日田市に残っている。
昭和41年、型にセメントを流し込んでつくったものが葉山の《石人》だというが、これがまあ、近現代の彫刻にほんとうによく馴染んでいるのである。
お隣はイサム・ノグチの《こけし》。プリミティブ・アートはノグチの着想源であり、そもそもの相性はよさそうなものだけれど……正直、わたしが初めてこのセメントの《石人》に接したとき、「誰の、なんという作品だろう?」と思ってしまったものだ。
あの考古遺物の《石人》と同一人物だとは、とっさに認識できなかったのである。それくらいの不意打ちであり、調和であった。
—―ブロンズ製の「箱根の木喰仏」は野外展示が可能となり、また「彫刻の森」を名乗る施設の「仏像」というピースを埋める役割を果たしている。
三重の「ルーブル彫刻」や葉山の《石人》は、遠く離れた現地でしか観られないはずのものを、場末の温泉地や近現代彫刻の狭間といった、思いもかけぬところに出現させた。
どれにおいても、レプリカゆえの効能が遺憾なく発揮されているといえよう。(つづく)
※《石人》は東京国立博物館の考古展示室にもいる。こちらはもちろん、レプリカでなくホンモノ。素材の本来の色合いは、こんな感じ。
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