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型とレプリカ 美術と複製の話 :4

承前

 奈良・新薬師寺には、「香薬師(こうやくし)」と呼ばれた愛らしい白鳳仏がいた。
 昭和18年に通算3度めの盗難に遭ってから、こんにちまで行方知れず。わたしの目の黒いうちに、どうしてもお会いしたいお像である。

 近年になって「右手」のみ、存在が確認された。
  「まさかそんな!」と、うれしいながらも複雑な思いのまま奈良博に向かったが、じっさいに拝見すると、うれしい気持ちがまさったのであった(ひとまずは)。

 香薬師の全体像は、盗難以前に撮影された写真と、原品から型をとって制作されたいくつかのレプリカによって偲ぶことができる。レプリカは新薬師寺、奈良博などに所蔵されている。
 上の写真と、奈良博所蔵のレプリカを見較べると、原品には繊細なシャープさが認められよう。

 もし、このレプリカが「お身代わり」をしてくれていたら……そんな、考えたとて仕方のないことを、どうしても考えてしまう。
 原品が失われたいまだからこそ、このレプリカはたいへん大きな意味を背負っている。
 いつか、香薬師のお像が再び現れて、このレプリカが「ただのレプリカ」に成り下がる日が来てほしい。そう、願うばかりである。


 ——なお、東京都調布市の古刹・深大寺には、香薬師とかなり近い作行きの《釈迦如来倚像》(国宝)が残されている。

 亀井勝一郎は『大和古寺風物誌』のなかで、本作を香薬師の「妹」になぞらえている。
 わたしはどちらかというと、深大寺のお像には少年の精悍なまなざしを感じている。それに外見上、どちらが年長か断じがたいとも思う。とにかくも「きょうだい」には違いないのだろう。
 深大寺では《釈迦如来倚像》とともに、香薬師のレプリカが祀られている。「きょうだい」のいつかの再会もまた、切望してやまない。

秋空。深大寺にて


 ※香薬師と同じくらい会いたかったのが、鏑木清方の《築地明石町》であった。この願いは、幸いにもすでに叶えられた。

 ※香薬師については、こちらのページが詳しい。

 ※深大寺では、《釈迦如来倚像》をお祀りする「白鳳院」の建立プロジェクトが進行中。寄付も受け付けている。


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