見出し画像

西行 語り継がれる漂泊の歌詠み:2 /五島美術館

承前

 西行の歌が絵画化・意匠化された例は、枚挙にいとまがない。本展でも、新古今集の「三夕の歌」にちなんだ三幅対であるとか、特定の歌の世界を連想させる蒔絵の硯箱が出ていた。
 茶器に古歌にちなんだ銘をつける「歌銘(うためい)」においても、西行の歌が引用されることは多い。
 五島美術館が所蔵する黄瀬戸の名碗《柳かげ》も、西行の歌を連想して命銘されたもの。わたしはそのことをすっかり忘れ、行灯ケースに入った《柳かげ》を見つけて「なぜ西行展に!?」と思ってしまったのだった。とんだ赤っ恥である。

 《柳かげ》の次に並んでいた《八橋蒔絵硯箱》(サントリー美術館)も、同じ歌をモチーフにしたとみられるもの。

 ひとつの和歌からさまざまなイメージが紡がれ、さまざまなかたちで造形化されていく。
 そのさまはたいへん興味深いけれども、ここまでは、名のある歌人であれば、そう珍しい現象でもないだろう。
 西行という人物のひときわ興味深い点であり、本展のバックボーンともなっているのは、和歌という作品からのみならず、西行というひとりの人物から派生した種々の伝説・逸話であろう。
 西行は、没したのちにも人びとから忘れ去られることなく、あこがれと親しみの混じった存在でありつづけた。歌人であるから、死せば名も歌も残る。加えて西行は、逸話や伝説のなかにも生きたのであった。
 その表象が、本展後半の見どころとなる。

 お能がおすきな方にとっては、西行はとくに親しみの深い人物といえるようだ。能楽で古典とされる演目に、西行は頻出の人物だからである。
 最もよく知られているのが、西行と花の精との邂逅を描く「西行桜」。また先に挙げた柳かげの歌が関係する「遊行柳」、一夜の宿をめぐり遊女と和歌の応酬をする「江口君」なども。
 これら能楽の演目や、そのもととなった逸話をモチーフにした作品も多くみられる。
 円山応挙《江口君図》(静嘉堂文庫美術館)も、そういった絵だ。

 西行と渡り合った遊女の正体は、なんと普賢菩薩の化身であった。気品があり、高い知性と教養の持ち主とおぼしき美女が象に腰かけるさまを見れば、当時の人は即座に西行の逸話を思い浮かべられたであろう。
 悠然とした居ずまいには、大人の余裕が感じられる。正直いうと、この方がお出ましと聞いて、この西行展は逃すまいと思ったところがある。お慕い申し上げておりました……とばかりに、しばし見入った。(つづく)



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?