〈新春スペシャル〉2023年の鑑賞「落ち穂拾い」:6
(承前)
ようやっと、冬までたどり着いた。ここまで来れば、もう最近の話。
■二川幸夫「日本の民家 一九五五年」/GA gallery(12月13日)
高度経済成長期に差し掛かり、日本の古きよきものが人知れず消えつつあった1955年。時代に抗うように、建築写真家・二川幸夫(1932~2013)は日本各地をまわり、土地土地に根づいた古民家の姿をフィルムに収めていった。
その成果をまとめた名著『日本の民家』全10巻(1957~59)は、2013年の展覧会を機に再編集版が刊行。わたしは東京会場のパナソニック汐留ミュージアムで展示を拝見し、たいへん感銘を受けた。
二川の没後10年を記念し、絶版になっていた再編集版がこのほど復刊、本展が開催されることとなった。
畿内の京町家や大和棟にはじまり、全国各地の特徴的な民家や集落をみせていく構成は、10巻本・再編集版と同様である。
※再編集版の紹介ページ。写真を何点か閲覧できる。
作品には、人の姿が写りこんでいない。それでも生活感は色濃く漂い、人物の不在以上に、建築の雄渾なたたずまいや、暮らしの機微に由来するひとつひとつの造形に自然と目が向くようになっている。
ときおり挟まれる、寄りのカットが秀逸。表紙にも採用されている柱と礎石、三和土(たたき)の写真は、輪島の時国家(下時国家)のものだった。
北陸を代表する古民家で、網野善彦の著書でもおなじみ。現地の状況について、ニュースは入ってこない……心配である。
そういえば、斜面に要塞のような石垣をめぐらせた町並み・宇和島の外泊(そとどまり)集落を知ったのも、2013年のこの展覧会だった。
あのとき、Googleマップに星印をつけておきながら、いまだ果たせていない。観ていると、旅に出たくなる……そんな展覧会であった。
※1月9日追記
■歌川広重 東海道五拾三次之内 雪月雨風の世界 /川崎浮世絵ギャラリー(12月17日)
JR川崎駅直結の「川崎浮世絵ギャラリー」にて、歌川広重《東海道五拾三次》(保永堂版)の揃いを観てきた。
幼少時に永谷園のお茶漬けに封入されたカードを集め、大学ノートに模写をして親しんだ各図。おかげでどれもこれも見知った顔だが、実物はやはりよいし、よいものはよい。
なかには、見慣れぬ顔もあった。「変わり図」である。版木の摩耗や破損が原因となり、もとの版木を改変して摺り増した後摺(あとずり)の作。それだけ人気があったことを示すが、改変の度合いがなかなかすごい。
シリーズ1作めの《日本橋》。橋の手前にいる棒手振りの魚屋たちは、初摺(しょずり)では6人だったのが、変わり図では29人に増殖。フォトショでコラージュしたかのようだ。もはや別の作品……
こうした変わり図は6点が展示されており、日本橋(1)のほかには品川(2)、川崎(3)、神奈川(4)、戸塚(6)、小田原(10)と、シリーズ序盤に集中していた。江戸に近い序盤のほうが、よく売れたからだろうか。
摺り色やグラデーションを変える程度ならまだしも、上のような人物の増減、ポーズや服装・持ち物を書き換えるほか、山の稜線や川の曲線など、全体の構図に影響する改変もみられる。いずれも初摺(しょずり)と並べられていて、ちょっとした間違い探しができる楽しみがあった。
《東海道五拾三次》はシリーズ完結後、全点を画帖に仕立てて販売された。その際の題字や包装用の「絵袋」などの貴重な資料も拝見し、会場を後にした。
なお、《東海道五拾三次》川崎宿の図は、JR川崎駅構内のいたるところで利活用されている。トイレ前の壁にでかでかと貼られていたのには、とくに驚かされた。ある意味、必見である。
(つづく)
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