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〈新春スペシャル〉2023年の鑑賞「落ち穂拾い」:5

承前

■茶碗  -茶を飲む器の変遷と多様性- /野村美術館(9月30日)

 茶の湯の茶碗をテーマとする展覧会が、関西の美術館で相次いで開かれた。京都・野村美術館の前期と、大阪・中之島香雪美術館の特別出品が重なる期間、新幹線に飛び乗り、日帰りで2館をまわった。
 まずは、南禅寺近くの野村美術館。
 1階では唐物の天目から珠光青磁、高麗茶碗、桃山茶陶。地階では樂歴代に光悦、京焼、国焼を展示。まことに教科書的な内容で、すべて館蔵品からなる。
 公式ページにあるように、前期は《練上志野茶碗 銘「猛虎」》、《鼠志野茶碗 銘「横雲」》、長次郎《赤楽茶碗 銘「獅子」》、《高取茶碗 銘「香久山」》といった充実ぶりで、いずれも、わたしのすきな名碗。
 それゆえ迷わず前期をとったわけであるが、(桃山の茶碗を除いて)後期は総とっかえとなる。つまり、教科書的な内容が、2回まわしでできてしまうのだ。野村家のお蔵の深さ、恐るべしである。

 ※関連する投稿:特集展示「茶の湯の道具 茶碗」/京都国立博物館


■茶の湯の茶碗  -その歴史と魅力- /中之島香雪美術館(9月30日)

 天目にはじまり国焼までを並べる流れは、野村美術館と同様のオーソドックスな構成。
 これに加えて、『大正名器鑑』編纂時に高橋箒庵が実見した館蔵品を集め、選定・選外の理由を考察するコーナーが加えられていた。
 もうひとつ異なるのは、他館からの特別出品があったこと。ご近所・湯木美術館からは志野の名碗《銘「広沢」》を迎え、館蔵の《銘「朝日影」》と並置。

 京都・北村美術館の仁清《色絵鱗波文茶碗》(下図  重文)には、館蔵《色絵忍草文茶碗》を合わせる。

《色絵忍草文茶碗》=撮影可

 どちらも、比較することに意義がある作例であると同時に、魅力を引き立て、増幅しあってもいた。

 茶の湯の名碗を、浴びるように観まくった一日。至福であった。

《朝日影》を別の角度から。別の茶碗みたいだ
斜め上から。口縁は円だが、底部は四隅を内側からゲンコツ(?)で強く押したように変形されており、ほぼ四角形。魚籠の形にもみえる


■伝統のメタボリズム 〜言葉と文字〜 /SHUTL(10月14日)

 銀座のはずれにあった、黒川紀章設計の「中銀(なかぎん)カプセルタワービル」。2022年春に解体され、現在も更地になっている。

解体工事が始まる直前の中銀カプセルタワービル。2022年4月撮影

 しかし……この建物はまだ、生きている。部屋(カプセル)ごとの取り外しがもともと可能な設計であり、熱心なカプセル・ファンによって23個が保存・再生され、新たな安住の地を得ているのだ。
 海外の美術館に収蔵されたカプセル、トレーラーに乗ってイベント会場をまわるカプセル……さまざまあるなかで、もとの場所から最も近いところに残ることとなったのが、東銀座の多目的スペース「SHUTL(シャトル)」の2カプセル。ガラス張りの箱に、入れ子状に収まる姿は、覆堂(おおいどう)のついた中尊寺金色堂を想起させた。

背後は松竹の東劇ビル。SHUTLは松竹が運営している

 本展は、10月4日にオープンしたSHUTLの展示企画第2弾。カプセルの内部で、文字のカケラがたゆたう。「言の葉」という表現どおりの光景だ。
 カプセルはきわめて個性の濃厚な空間であり、単色・無地に比べて主張が強い。
 最たるものが、円窓だろう。これなくしては、わざわざカプセルで展示をする意味はない。
 つまりそれらと、どう折り合いをつけるか——というか、いかにせめぎ合って、止揚するかが試されているのだ。
 それは簡単なことではないのだろうが、展示空間としてのカプセルの可能性の高さを、ともかくも本展はよく感じさせてくれたのだった。


■雑誌にみるカットの世界 /世田谷美術館(11月18日)

 特別展「倉俣史朗のデザイン ―記憶のなかの小宇宙」と併せて観たコレクション展。ふたつの会期が重なったのは、たったの2日間。狙いすまして、やってきた。
 「雑誌」とは、『世界』(岩波書店)と『暮しの手帖』(暮しの手帖社)を指す。戦後まもなく創刊され、現在まで続く長寿の2誌。その初期の誌面で使用されたカットの原画が、世田谷美術館へ一括して寄贈されているのだ。
 『世界』掲載のカットには、いずれ劣らぬ著名画家が起用されていた。ごく小さな紙片に、複雑な絵は描けない。加えて誌面はモノクロ。制約の多いなか、表現に工夫を凝らす画家たちの姿がそこにはあった。
 そして『暮しの手帖』からはもちろん、名編集長・花森安治みずから描いた可憐なカットや表紙の原画が。自室のマイベスト書棚にも入っている本『花森安治のデザイン』(暮しの手帖社)所載の絵も多く含まれていたけれど、原画はずっと大きくて、「こんなすてきな絵、あったかしら?」と思ってしまうくらい。見違えるほど、魅力的だった。描きぶりはじつにさまざまで、楽しい。めくるめく花森ワールドの一端を堪能した。

(つづく)


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