ゴッホ展──響きあう魂 ヘレーネとフィンセント:6 /東京都美術館

承前

 ■“おのぼりさん”の心持ち パリ時代(2)

 《レストランの内部》は、都会的なモチーフといえる。また《青い花瓶の花》のような静物画は、オランダ時代にはほとんど描かれなかった。ジャポニスムの影響が濃厚な作もこの時期にはじまる。
 いっぽうで、オランダで描いていたような自然や農耕風景への興味も、変わらずに持ち合わせていた。
 《モンマルトル:風車と菜園》で描かれるのは、都会のなかに見出した小さな畑。働く農夫の姿もみえる。
 パリを都会都会といってきたが、モンマルトルにはこんな場所もあった。「都会ときどき田舎」の当時のパリは、ゴッホにとってほどよい環境だったのかもしれない。
 薄塗り、あっさりとしたトーンでまとめられていて、淡彩の文人画のような趣がある。牧歌的な絵だ。

 このように、さまざまなチャレンジがなされた精力的なパリ時代だが、筆致や色調は後年に比べれば穏健。総じて、洗練された作が多い。
 ゴッホのあまりの変貌ぶりを目の当たりにしながら、いつのまにやらわたしは、自分が東京にやってきた頃を思い出していた。

 高速バスから降り立った西新宿は、ビルは高いし車は多い。山手線は轟音を立てて目の前に滑りこんでくる。遅くまで街を人が歩いている。そして、街のあちこちにギャラリーや美術館・博物館がある。待てど暮らせど来なかった名品が、未知の珍品が、いつでもこれでもかと見られる……
 これまでとはまるで違う、大都会で過ごす日々は、刺激と発見に満ちていた。

 パリにやってきたゴッホは、ありとあらゆる刺激と発見を滋養として摂りこみ、表現の肥やしとしてきた。
 偉大な画家に平々凡々な我が身を重ねるのは無礼千万窮まりないのだが……“おのぼりさん” としてのゴッホの心持ちが、なんだかわたしにはとてもよくわかるような気がするのである。(つづく)



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