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世羅(セラ)へ… :1

 アンガールズの田中卓志さんが書いた上京時のエピソードがおもしろい。
 田中さんの文章に触れるのは初めてだが、「読ませる」文章を紡げる人なのだなということは、はっきりと理解できた。お手隙の際に、末尾のリンクをぜひ開いてみてほしい。
 田中さんは広島県の内陸部・府中市旧上下町の出身で、ご本人いわく「広島の田舎の中のさらに田舎」。この表現でいくと、田中さんの母校・世羅高校がある隣町の世羅は、旧上下町よりも都会に近い「田舎」ということになろうか。世羅の盆地は、そういってよいくらいには栄えている。
 世羅といえば、スポーツに多少通じている人にとってはイコール「駅伝」となるらしい。昨年12月の全国高校駅伝を制したのも世羅高校だった。しかもアベックでの快挙。
 青山学院大の原晋監督も、世羅高校の駅伝部OB。「美の巨人たち」の箱根富士屋ホテルの回では、田中さんと原監督がそろって出演していた。田中さんは駅伝部ではなかったものの長距離走の経験者で、大学では建築学を専攻。原監督は「箱根」つながり。キャスティングの妙に唸らされた記憶がある。クラシックホテル好きとしてもうれしい回だった。

 世羅高校は有名でも、世羅に行ったことがあるという人はそう多くはないだろう。わたしは、一度だけ足を運んだことがある。
 2018年8月20日。残暑厳しい午後。甲子園では、春夏連覇を目指す大阪桐蔭が秋田の金足農業と相まみえていた。
 観戦よりも優先させた旅の目的地は、古刹・龍華寺(りゅうげじ)。秘仏・十一面観音像(平安後期、重要文化財)が、1年にたった一日だけ、この日に開帳されるのだ。
 新幹線も停車する港町・三原から、直通のバスに乗って北へ1時間ほど山を越えていった先の盆地に、世羅の町が広がっている。
 バスの営業所から歩いてほんの数分、川を渡るとすぐに龍華寺の山門に到達する。山門脇にあるスーパー銭湯で身を浄める算段だったが、改修のため閉館中。そのまま山門をくぐった。
 急勾配の参道の両脇に並木が連なり、段々畑のように石垣が築かれている。カフェを兼ねているというひとつの塔頭と小さな社をのぞいて、石垣の内側はほとんど野原。夏草が生い茂る。聞こえるのは蝉しぐればかり。

 ここ世羅は古い土地で、院政期には平清盛の五男・重衡から後白河院へと寄進された荘園・大田荘(おおたのしょう)であった。龍華寺は大田荘の中枢で、「今高野山」という山号を持つ。そんな大寺院としての往時の栄華の余香が、かすかにではあるが感じられる参道だった。(つづく


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