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松平造酒助江戸在勤日記-武士の絵日記-:3 /神奈川県立歴史博物館

承前

 朝から晩までに起こったなにもかもを、造酒助(みきのすけ)は書き記そうとした。仕事以外の内容もかなり多い。
 なかには些末なことや、ちょっと変わった記述も散見される。
 とりわけ変わった「奇行」が、「夜中、両国橋の上でゲリラ的にスイカ割りをし、皆で分けて食べる」というもの。こうして説明してみても、意味がわからない……

 ※こちらの動画に詳しい。

 たまには、羽目を外したくなる。夏の夜の開放的な空気がなせるわざか。

 奇行とは少し異なるが、めずらしい体験もしている。
 【図1】は、カステラを頬ばる一同。大口を開けて、夢中でかぶりつく……!

【図1】第19冊 元治元年(1864)12月3日

 当時のカステラは超高級品。贈答用だったものを、思いがけずおこぼれに預かった形だ。これも役得であるといったことを、造酒助は記している。

 【図2】は……なにをしているところだろうか?

【図2】第50冊 慶応元年(1865)8月5日

 正解は、「エレキテルを体験している」。
 平賀源内によるエレキテルの発明は、安永5年(1776)にさかのぼる。それからざっと90年ほど経ってはいるのだが、もとより広く普及したものではないし、庄内から出てきた造酒助たちからすれば、まだ充分にものめずらしかったのであろう。


 日常生活を描いた内容にも、おもしろいものがあった。
 【図3】は、箒で部屋のお掃除?ではなく……

【図3】第31冊 慶応元年(1865)4月8日

 ハエと格闘しているところである。題するに「造酒助怒テハイヲ誅伐之図」。国元の庄内に比べると、江戸はハエが多かったらしい。

 【図3】は「造酒助ブランケットニ包マリ昼快寝図」。

【図4】第49冊 慶応元年(1865)7月29日

 「ブランケット」という言葉がこの時代に常用されていたことに、まず驚く。
 大きめサイズのブランケットにくるまって、安らかにお昼寝タイム。ハエが入ってこないように、掃き出し窓に網戸をつけてあげたくなる……(つづく



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