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葛飾応為『吉原格子先之図』 ー肉筆画の魅力:1/太田記念美術館

 葛飾北斎の三女・お栄こと葛飾応為(おうい)。
 杉浦日向子『百日紅』をはじめ、彼女にスポットを当てたマンガや文芸作品がいくつかあるが、応為自身が描いた作品となると、肉筆画10数点と挿絵2点を数えるのみ。父・北斎のアシスタント的な役割に多くを注いだためといわれているけれど、残された作品は強烈な光芒を放っていて、他人の選んだ生き方とはいえ、じつに勿体なかったなと勝手に思ってしまう。
 原宿の太田記念美術館に所属される肉筆画《吉原格子先之図》(江戸時代・19世紀)が、最もよく知られた作品。その久々の公開に合わせ、館蔵の肉筆浮世絵を蔵出しする展覧会である。

 主役の《吉原格子先之図》は、最初の展示室の壁付ケース中央に、父・北斎と歌麿の肉筆画を従えて展示されていた。

 吉原の張見世(はりみせ)。
 格子のこちら側、品定めをする客たちは黒い影で、あちら側の遊女たちは明るく色彩豊かに描き分けられている。明暗・陰陽の対比が鑑賞者をぐっと惹きつけ、その場にしばし立ち止まらせる。
 図版での印象は「影」を基調としたものであったものの、いざ接してみると「影」というよりは「光」、色の鮮やかさのほうが、より感じられたのであった。
 手前の男性客たちにしても、真っ黒に塗りつぶされてはいない。室内や提灯、行灯といった光源に近くなると、微妙なグラデーションがかかり、どんな服装をしているかうっすらみえてくる。画家の高い力量は、このような明暗の表現に最もよく表れていると思われた。

 室内は細密に描かれるいっぽう、遊女たちの顔は格子で巧みに隠され、ほとんど見えない。だからこそ、この男性客たちもよけいに見たくなるのだろうか。
 格子に阻まれ、ガラスケースに阻まれ……遊女たちを垣間見する人びとを、さらに垣間見るわれわれ。二重の入れ子になっているこの状況が、ちょっぴり滑稽だった。

 この絵には、描かれた人の数こそ多くとも、活況というには妙に寂しさが募る。
 華やかなばかりではない、花街の悲哀が込められたとも読み取れそうな点を、女性画家ならではの視点とみる向きもあろう。
 その見立てが、はたして当たっているかは、わからない。ただ、静かな佇まいをみせつつも、さまざまなストーリーを想像させるような、刺激的な絵であるには違いないだろう。
 画面中央左・格子の内側に、黒い大きな影がある。これを作者の応為とみる人もいるとか。たしかに奇妙といえば奇妙な人影だが、みなさんはどう考えるだろうか。(つづく
 

 ※同じ壁付ケースの左側には葛飾北斎《羅漢図》(江戸時代・19世紀)、右側には喜多川歌麿 《美人読玉章》(江戸時代・18世紀)が掛かっていた。

 ※応為のもうひとつの名作《夜桜美人図》(メナード美術館)。こちらは、まだ観たことがない。


皇居にて、カラスウリの実



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