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葛飾応為『吉原格子先之図』 ー肉筆画の魅力:2/太田記念美術館

承前

 本展は、次のような構成になっている。

・番外:葛飾応為、北斎、歌麿
・第1章「人を描く
  美人画が中心
・第2章「市井を描く
  江戸のにぎわい、風俗画
  ※1、2階をまたいで続く
・第3章「風景を描く
  江戸はじめ、各所の名所絵
・第4章「物語を描く
  源氏絵など。見立て・やつしを含む

 美人画と風俗画、風俗画と名所絵には、そもそも共通する点が多い。
 おおざっぱにいえば、少人数を大きく描けば美人画に、大人数を小さく描けば風俗画になる。花見の舞台は隅田川や飛鳥山、品川御殿山などが定番。風俗画であると同時に名所絵ともいえる作品は少なくない。
 こういった境目に位置づけられる作品が、章のつなぎの役割を果たしていた。

 大回顧展の開催を待ち焦がれている作家のひとり・鍬形蕙斎(けいさい)の作が、2点ほど出ていた。
 蕙斎はもと浮世絵師で、《江戸一目図屏風》(津山郷土博物館)に代表される都市の細密描写に、版本『略画式』のような簡略な筆遣いも得意とした器用な人。

 対幅《両国の月》《飛鳥山の花》(※こちらのリンク先の画像2枚め)。
 飛鳥山の丘陵の連なりは、『略画式』に通じる簡明さをみせている。いっぽう物見遊山の客たちは、アリほどの大きさでもしっかりと描かれ、楽しげなようすまで伝わってくる。隅田川に浮かぶ舟や川面の描写も極密だ。
 引いてよし、寄ってよしの作。画像ではなかなか伝わりづらいのが、つくづく惜しまれる。

 ※蕙斎のもう1点は、近世初期風俗画を翻案した《桜花遊宴図》。


 風景画では、「天童広重」がすばらしかった。
 山形・天童藩のために歌川広重が描いた一連の肉筆画。名所風景の対幅や三幅対がほとんどである。余情たっぷり、香り高い画品が特徴的で、本展では上野国の妙義・榛名の山々を描いた三幅対と、日光の3つの滝を描いた三幅対が出品されていた。
 後者の《日光山華厳ノ滝/日光山霧ノ滝/日光山裏見ノ滝》。

 三者三様に、異なる流れをみせる瀑布。深山幽谷、断崖絶壁のなかにあって、どの作にも旅人の姿が描きこまれている。われわれと同じく滝に圧倒されたようすの、旅人のオーバーなポーズがおもしろい。

 小林清親《開化之東京両国橋之図》(明治10~15年〈1877~82〉頃)。「光線画」の肉筆バージョンでありつつも、版画にはない極端に縦長な画面となっている。

 黒は均質なベタ塗りでなく、濃淡やムラが加減されている。そのために、橋の部材や個々のモチーフどうしが埋没せずに、前後関係が把握できる。絹本の効果を利用した、巧みなぼかしにも注目したい。

 「物語を描く」の章の最後、つまり本展の大トリには、勝川春章《達磨と美人図》が控えていた。本展のお目当てとしては、葛飾応為《吉原格子先之図》がもちろんだけれど、決め手は春章だった。
 なのに、いろいろといい絵を観ているうちに、じつはすっかり存在を忘れていた。それだけに、春章美人の色白が目に飛び込んできたときには余計にドキッとしたし、あとは絵に吸いこまれるように近づいて、見惚れるだけであった。

 華麗に着飾った遊女と、粗末な衣を着た髭面の達磨さん。ビジュアルとしては好対照……というか両極端だ。少女漫画風と劇画調が同居しているくらいシュール。
 同じ画題の他の作例には、こういったギャップを利用して、いかにも滑稽な描きぶりとしているものも多い。
 春章は冷静沈着にまとめていて、三角形の構図の盤石さとともに、両者の妙な連帯を感じさせる。安心して観ていられるふたりである。
 こういった点からまず「さすが春章」といえるし、それ以上に、やはりこの顔貌表現——胡粉の純白に置かれた入念な筆、生え際の一本一本がわかるほどの髪の細緻さに、ため息が出る。春章はすばらしい。

 ——冒頭から末尾まで、じっくり楽しませてもらった。
 若者の街・原宿に来るのは毎度、気後れがするのだけれど、結局いつもこうして、上機嫌で帰らせてもらえている気がする。今後も期待である。


 ※歌川国次《桜下遊宴図》もよかった。画像がどこにもないので、どんな絵かだけ記載しておくとしたい。

近景には、桜の下に茣蓙を敷いて花見をする人びと。拳遊びで真剣勝負する男女に、寝転がってそのようすをながめる後ろ姿の男、さらに豆腐田楽を焼く人がいる。中景では別の宴会、遠景には緑の丘に桜がちらほら……


とある町の道端にて



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