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「勤勉な国の悲しい生産性」(ルディー和子著)を読んで|ICTと社会

働き方改革と生産性向上をめぐる私のモヤモヤ感を解消すべく読んだ本の3冊目は、「勤勉な国の悲しい生産性」(日本実業出版社)。

著者のルディー和子氏は、元エスティローダー社のマーケティング・マネージャ。現在は立命館大学客員教授で、セブン&アイ・ホールディングスおよびトッパン・フォームズの取締役を務める、マーケティング界の第一人者だそうだ。本書は2020年6月に刊行されたばかりの最新書だ。

本書において著者は、日本企業は従業員という最も重要な企業資産の価値を上げる努力を全くしていないとして、従業員目線から厳しい経営者批判を展開している。

生産性が上がらない、すなわち企業が生み出す価値が上がらない大きな理由は、日本企業の従業員のエンゲージメント率が国際的に見て非常に低いこと。そしてその原因は日本の経営者が価値競争ではなく価格競争をしてきたことにより、報酬が低く抑えられていること。また、働き方改革の名のもとに、画一的な労働時間の規制が行われ、働きたくとも(残業代を稼ぐことも含めて)働けないという不満を持つ人も多いこと。あるいは雇用の流動性が低いために、同じ会社、同じ仕事に留まり続けており、「飽きる」という要素も大きいのではないかと分析している。

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これは私にも一つひとつ思い当たる節がある。以前に外資系企業との合弁会社に出向し、新規事業の立ち上げに取り組んだことがあるが、サービスを販売する際に競合との対抗上、価格を下げて安く売ろうとしたのに対し、外資系から来ている人に「なぜこんなに価値のあるサービスの値段を下げるのか?自分たちのサービスに価値があると思えば、1円でも高く売るべきじゃないか」と指摘された。まさに道理である。しかしその道理のとおりにいかないという日本市場の現実がある。

また、その新規事業を立ち上げるに当たっては、みんな必死だった。かなりのメンバーが月100時間以上の残業も厭わず取り組み、かつ恐らく不満に思う人はほとんどいなかったと思う。そもそも公募により志願して集まったメンバーだったし、このような新規プロジェクトの場合、不眠不休で取り組むくらいの必死の頑張りが無ければ軌道に乗せられない。

サービス残業や無理強いは問題外だが、一方で十把一絡げの労働時間規制が従業員のやる気を削いでしまうのも事実だと思う。

また「飽きる」という問題もそのとおりだと思う。私も飽きっぽいほうだが、幸い私は新規事業立ち上げなどの刺激的な仕事も経験させてもらえたので耐えられた。だが何年も何十年も同じ分野の仕事だったら、当然飽きるだろうし、恐らく「慣れ」によって仕事の質が下がっていくのは避けられないだろう。

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さて、著者は生産性の指標値としてGDPを使うことへの問題点も指摘している。最大の問題は、GDPがデジタル経済を全く把握できていないことだ。デジタルの無料サービスの価値は、野村総研の試算によると42兆円、GDPの8%に相当するらしい。それだけの価値がすっぽり抜け落ちたGDPを基準に、生産性が高いだの低いだのという議論に意味があるのだろうか。

さらに著者は、日本人の国民性として集団の中での調和を重んじ、対立を避けようする性質が強いこと(武蔵野大学古谷聡教授のいう「利己的協調主義」)、そしてこの性質は若い世代にも受け継がれており、この性質のために、実際には日本の所得格差や貧困率は比較的高いにも関わらず「貧困感」は低い、また突出することを嫌うゆえにイノベーションが起こりにくいと分析している。

そして最近の研究により、AI(人工知能)が人間にとって代わるのは実はそう簡単ではなく、従来2045年頃とされていたシンギュラリティ(技術的特異点)は大幅に遅延すると見られ始めていることに言及し、もう一度人間の手による労働やものづくりを見直すべきこと、ミクロ観点で見ることが得意で手先が器用な日本人がデジタル技術を組み合わせることで、グローバルで競争力のある差別化が可能であると主張している。

最後に日本の経営者に従業員の満足度を高める経営を求めるとともに、社員の側も自立し自律しなければならないこと、そして現代の経営者には功利主義に基づいたスピーディな経営判断が何よりも重要であることを指摘して、締めくくっている。

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全体として、労働生産性(=GDP÷総労働時間)という物差しで高い、低いと議論することはすでに時代錯誤であるとの視点に立ち、従業員のやりがいや夢を実現しようとする経営こそが重要であると主張しているものと理解した。著者自身も認めているとおり「青臭い」正論だが、でも真っ当な考え方だと思う。

だいぶ昔だが、PwCC(プライスウォーターハウス・クーパース・コンサルタント)社長だった倉重英樹氏が雑誌のインタビューで、「結局は闘争心満々の社員を集めた会社が勝ちますよ」と言っていた言葉が妙に頭に残っているが、そういう社員の闘争心とか野心を掻き立て、そこにICTなどのテクノロジーという武器を組み合わせることが、日本の国際競争力浮上のカギなのではなかろうか。

【つづく】

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