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「日本企業の勝算 人材確保×生産性×企業成長」(デービッド・アトキンソン著)を読んで|ICTと社会

働き方改革と生産性向上をめぐる私のモヤモヤ感を解消すべく読んだ本の2冊目は、「日本企業の勝算 人材確保×生産性×企業成長」(東洋経済新報社)。

著者のデービッド・アトキンソン氏は英国生まれで、日本在住31年。元ゴールドマン・サックスのアナリストとして、30年余りに渡って日本経済の分析を行い、日本の生産性をテーマにした本の出版もこれが6冊目とのこと。

400ページに渡る本だが、言っている内容はほぼ一つのことで、日本は高い国際競争力を持っているにも関わらず生産性が低い原因は、ただ一つ、多すぎる中小企業にある、ということである。

日本の全企業数約360万社のうち、85%に当たる約305万社が、製造業では従業員20名以下、その他の業界にあっては従業員5名以下の小規模企業である。

中小企業は、最低賃金をベースとして安い労働力を調達していることにより、ITなどの先端技術により経営を効率化し、生産性を高めようというモチベーションが低い。もちろん一部にはイノベーティブなベンチャー企業もあるが、それはごく一部であり、ほとんどの中小企業は成長していない。また中小企業の経営者は、先端技術の活用等について知識や情報が少なく、また家族経営や世襲などによって経営能力が低い場合も少なくないため、この点でも生産性を向上させられない。これは日本に限った話ではなく、欧州でもイタリアやスペインなど中小企業比率の高い国は、同様の傾向があるとしている。ドイツの生産性が高いのは、同国の中小企業比率が比較的少なく、大企業もしくは中堅企業で働く人が多いからとしている。

働き方-区切り写真1

中小企業は、人口増加局面にあっては雇用を増やす大きな役割があったため、日本でも高度成長期の1963年に中小企業基本法を制定して優遇・保護してきた歴史があるが、人口減少局面に入り生産性向上が求められる現代にあっては、その保護はかえって日本の首を絞めることになると主張する。

そして最低賃金を上げることにより、中小企業における採算ラインを上げ、結果として中小企業が生産性向上に取り組まざるを得なくすることで、企業の新陳代謝が高まると論じている。最低賃金を上げると倒産が増え、失業率が高まると懸念する意見があるが、実際には日本企業は「monopsony」(買い手独占)、つまり雇用側の立場が非常に強いため、最低賃金を上げても失業が増えることはないとしている。ついでに言うと、女性の社会進出が進まないことや長時間労働も中小企業ほどその傾向が強く、それが日本産業全体に影響を与えているとしている。

誤解の無いよう付け加えると、同氏は中小企業が押しなべて全て悪いと言っているのではない。生産性を向上させ、企業価値を高めようとする姿勢・努力のない中小企業は、本来淘汰されるべきと言っているのだと思う。

同氏は最後に、中小企業に合併や統合を促す政策により、中小企業の数を減らし、企業規模の拡大を進めるべきであると主張している。

働き方-区切り写真2

私は経済学の専門家ではないため、同氏の主張が全て正しいかどうかを判定する知見は持ち合わせていないが、日本の多すぎる中小企業が生産性向上を阻害しているという見解は、説得力があるように思う。私が働くのはいわゆる大企業に分類される会社のため、ITシステムの導入やペーパーレス化など、すでに何年も前から導入しているが、中小企業においては、ごく一部の若いITベンチャーを除き、そういった仕組みを導入できているケースは少ないだろう。以前の記事で「市場競争の中で生きている企業にとって、そんなにのんびりしたやり方がまかり通るとは思えない」と書いたが、保護政策に守られているならば、のんびりムードもあり得るのかもしれない。そしてそのことが日本の全体的な生産性を押し下げ、ドイツとの差を生んでいるとするならば、腹落ち感がある。かなり私のモヤモヤは解消された感じだ。

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ただ、仮にアトキンソン氏の主張が正しいとして、この産業構造を変革するのは容易ではない。中小企業、例えば池井戸潤の小説「下町ロケット」に出てくる佃製作所のような町工場が、日本産業を支えてきてくれたという認識は国民的にも根強くある。何より小規模企業で働く人は全就業人口の23%、中堅企業を含めると7割にも及ぶのだ。数の多い中小企業は政治家の票田でもあり、その優遇政策を転換することは並大抵の話ではないことは容易に想像がつく。

アトキンソン氏は、ことを性急に進める必要はなく、2040年頃を目標に腰を据えて行っていくべきとしているが、一方で日本と同じような産業構造から、低生産性・低所得均衡の脱却に成功した国はまだなく、日本が世界で初めての成功に向けて行うべきチャレンジであると締めくくっている。

佃製作所のようなイノベーティブな中小企業は、十分生き残って良いのだ。問題は生産性向上努力もせずに、中小企業保護政策に甘んじて生き残っているような会社だ。

「一強」と言われた安倍政権が退陣した後の後継政権に、あえてそんな「火中の栗」を拾いに行くようなことができるだろうか。

【つづく】

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