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2023年映画感想No.53:テクノブラザーズ ※ネタバレあり

仰々しいオープニングから始まる肩透かしギャグ演出

新宿K's cinemaで開催中の「大田原愚豚舎旗揚げ十周年 全作品特集上映【大田原愚豚舎の世界 10th Anniversary】」にて鑑賞。
『ツァラトゥストラはかく語りき』の音楽に合わせてドドンと出てくるオープニングクレジットの時点からいつもの大田原愚豚舎作品とは違うモードを感じさせる景気の良さと胡散臭さがある。格調高い音楽の力で「すごい映画が始まりそう!」という空気になるのだけど、「お待ちかね!」「みなさんご存知!」的な調子で出てくるいつもの大田原愚豚舎作品のクレジットが完全に音楽に名前負けしてて笑ってしまう。この「今回の大田原愚豚舎はすごいですよ!」というスタンスが外しギャグでもありフリでもあるのだけど、それだけに昨年のスニークプレビューで観た人はまさにこの流れで『TECHNO BROTHERS』というタイトルを知ったんだと思うとさぞ「どんな映画が始まるんだ!?」という驚きも大きかっただろうなと思う。
いきなり東京に行く話になるなど「大田原愚豚舎作品が大田原が舞台じゃない映画を!?」とびっくりするのだけど、その実はどこまで行っても大田原から出ない物語でどんどんいつものスケールに収束していく。やっぱり大田原で映画を作るという大田原愚豚舎の精神に貫かれた作品になっているし、それこそが「ここだから作れるものがある」という渡辺紘文監督らしい自虐混じりの地元讃歌でもある。

ひたすら親和性が無い大田原とテクノ

テクノブラザーズの鳴らす音楽が普通に結構良いので、大田原という場所がテクノブラザーズを持て余してる感がひたすら際立つような描かれ方になっている。最初の演奏シーンからすでにこの世で一番テクノと親和性のない風景なのではと思うのだけど、そのミスマッチ自体が「大田原とテクノ」というこの映画以外では絶対にやらないコメディ的世界観を成立させていて映画としては一気に引き込まれる。
東京を目指してさすらっていくテクノブラザーズがひたすらテクノと相性の悪い状況でしか演奏できないのが可笑しい。どこかで彼らの音楽がカチッとハマるかっこいい見せ場がやってくるのだろうかと期待しながら観ていたのだけど、とにかくずっと訪れる状況にテクノがハマらないばかりなのが悲惨だけど笑ってしまう。一応テクノブラザーズなりにその場に合わせて演奏する曲を変えてるっぽいのだけどそういう問題じゃない感がすごい。

不遇なテクノブラザーズに重なる大田原愚豚舎の在り方

そうやってテクノブラザーズが自分たちの音楽が認められる場所を探して行ったり来たりする話なのだけど、鳴らされるテクノブラザーズの音楽はずっとクオリティが高いので観ていると段々「この世界が間違ってるんじゃないか?」って感じになってくるのも面白い。
物語冒頭で社長から「ここでは通用しないけど東京ならお前らの音楽を聴く人間もいるかもしれない」と言われることが旅のきっかけになっているのだけど、この映画自体は東京で公開されて観ている観客だけは彼らの音楽の良さをわかっているという構図になっていることで、より劇中の大田原の人々のテクノ審美眼の無さが際立てられているようにも思う。
その価値観のズレが積み重なっていくほどに「テクノブラザーズに時代がついて来れていない感」が増していく感じも面白いし、その「誰にも良さが理解されない才能ある人たち」という劇中のテクノブラザーズの在り方には大田原愚豚舎という制作集団の立ち位置も重なって見える。実際演じているのは渡辺紘文・雄司兄弟と黒崎宇則さんという大田原愚豚舎そのものと言える人たちなわけで、彼らがテクノブラザーズに扮して報われない表現者を体現することには「それでもやるしかないんだ!」というメタなメッセージも感じられた。

「んなわけっ!」で成立しているコメディ

脚本構造的にはロードムービーと言える本作ですら大田原愚豚舎映画お得意の反復の構成を使っていて、そのミスマッチ感も面白かった。普通ロードムービーは新しい場所に移動することでドラマが進行していくのだけど、この映画では新しい場面になってもひたすら大田原であり状況的には何も変わらない。一方で大田原愚豚舎作品おなじみの場所がいくつも出てきたり過去作の世界観を縦断的に映すような部分には無駄にユニバース感があるのだけど、ちゃんと本編ラストにその手触りが回収されるような演出があって笑ってしまう。
場面的にはテクノブラザーズがマネージャーから酷い扱いを受けるかよくわからないシチュエーションでライブをするかが繰り返されるので、その理不尽な状況をいつどこで突破するのかがタメの構成になっている。マネージャーがテクノブラザーズの音楽をやたら信頼しているのもそれ以外ではひたすら人間として扱わないのも両方特に説明は無く、一つ一つの場面に関してはただただ極端な性格や破綻したリアリティの「んなわけっ!」で成立しているコメディになっているように思う。マネージャーが仕事取ってくる時だけやたら有能で笑うし、変な仕事ばかりなのだけどちゃんと金になっていてまさに「んなわけっ!」な面白さ。

ロードムービーの皮を被った大田原愚豚舎映画という面白さ

一方でマネージャーとテクノブラザーズの関係に背景が無いから成長や葛藤が描けないという人間ドラマの不在が特にロードムービーとして本作を見ると食い合わせが悪いのだけど、やはり本作はロードムービーの皮を被った大田原愚豚舎作品だと思うので結局なんだかんだ大田原から出れないことがテクノブラザーズの不幸であり、その状況の面白さこそが大田原愚豚舎作品としての本作の必然になっている。内容的にも最初にリコ社長と会う場面からすでに「人を食ったようなコメディ」が始まっているので、下手にリアルな人間の物語を描くより状況の面白さに入り込みやすい作りにもなっているように思う。いつまで経っても状況が良くならないのも意味がわからなくておかしいし、かといって状況が悲惨になってる感じがあまりしないのもおかしい。それがロードムービーなのに反復の構成という普通じゃない語り口を選ぶ大田原愚豚舎作品でしか味わえない映画体験になっている。
ずっとジリ貧なテクノブラザーズがいつどこで逆転するのかが、に向かうのかと思いきや、結局何ひとつ変わらないまま終わるのも盛大な肩透かしで面白かった。テクノブラザーズのなんだかんだ「持ってる」ことだけでここまで来れた感じも含めて、根拠のない自信だけが残るようなラストに笑った。

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