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2023年映画感想No.33:トリとロキタ(原題『Tori et Lokita』) ※ネタバレあり

ダルデンヌ兄弟作品の手法的一貫性

ヒューマントラストシネマ有楽町にて鑑賞。ダルデンヌ兄弟監督最新作。
相変わらず格差社会のボトムに生きる人物の地を這うような視点を圧迫感のあるクローズアップで説明を拝して切り取り続けるダルデンヌ兄弟的な語り口。トリとロキタの二人が生きる世界の狭さ、息苦しさ、余裕のなさのようなものが手持ちカメラの不安定なショットや画面の大半を人物が占める圧迫感の強い構図によってググッと強調されている。人と人が同画面に安定して収まることがない構図がそこにある分断や孤独をより際立てているように感じられる。

選択の余地がなく悪くなるばかりの物語

特に「こういうことですよ」という説明がなくとも映画を観ていく中でトリとロキタを取り巻く状況や人物の背景が見えてくる手付きにはダルデンヌ兄弟らしい文法がある。最初は何のやりとりなのかわからない場面も少し観ていると「ああ、そういうことか」とわかる描き方のバランスが上手い。
難民ビザの申請は通らないし、危ない仕事はしているし、性的に搾取されてまで稼いだ金もほとんど移民仲介業者に巻き上げられていたりと物語が始まった時点ですでにロキタはかなりのっぴきならない状況にいる。その地獄のような現状を一通り見せ切ったら特に「上手くいきそうかも」という予感すら無いままさらにろくなことにならなそうな状況に追い詰められてしまうのが救いが無くてびっくりしてしまった。
テンポの良さは裏を返せばロキタの選択の余地の無さとも言えるかもしれない。「ここでこうしておけば」という分かれ道すらなく絶望への一本道をひたすら直進していくような印象の物語だった。

対照的なトリとロキタのバディ

社会から切り離されメンターとなるような大人の存在を持たないロキタの人生の拠り所は母国にいる幼い弟たちを学校に通わせたいという目標であり、そのために早くから大人にならなければならなかった人物であるということが行動原理の根幹にある。この映画に出てくる大人世代はみな彼女を傷つけ、搾取する存在で、実の母親さえも異国で傷つきながら家族のために頑張るロキタを責める。弟たちの可能性を切り開くことだけがロキタの人生の希望であり、その心の支えをトリとの擬似兄弟的な関係にも投影しているのかもしれない。
そんな彼女と常に一緒にいるトリは母国での事情からビザを取得でき、幼いことから仲介業者からも人間的に尊重されている部分がある。ロキタとは血縁関係もなく置かれている立場も違うのだけど、彼女のビザ取得のための面接に協力したり危険な仕事にも一緒に回ったりして彼女を助けている。性格的にもめちゃめちゃしっかりしていて、危なそうな大人にも言うことはしっかり言ったり、面接の練習も実戦的な質問をどんどん提案したりと年不相応の頼り甲斐がキャラクターの魅力にもなっている。
ある種の大人としての役割を担わなければならないロキタが随所に子どもらしい弱さを見せる一方で子どもながらに頼れる相棒としてロキタを助けるトリというデコボコな関係性がバディ映画的な面白さとしても感じられる瞬間がある。

設定の強さからくる見ごたえ

ダルデンヌ兄弟の作品の中でも比較的劇映画的な設定の強さがある物語で、随所にわかりやすい面白さが感じられる内容だった。
社会からこぼれ落ちた幼い男女のバディが裏社会をサバイブする前半や、中盤の大麻栽培所の設定、そこにトリが潜り込んでいく場面など一つ一つの要素を取り出すとジャンル映画的な面白さを作り出しやすいものが揃っているようにも思う。おそらく作り手の意図以上に設定の強度という作られた面白さが強い分フィクショナルに見えてしまうくらいで、ダルデンヌ兄弟の描き出そうとしているものに対して相性が悪いのではと感じてしまうほどだった。
そしてやはりその設定をある意味で活かしきらずにそっけないまでに「ただの状況」として調理するようなところはしっかりダルデンヌ兄弟作品だなという手触りになっている。

ロキタにとっての切実な存在としてのトリ

なかなかに救いの無い日常の中でロキタがトリの存在を通じて心を落ち着けようとする描写が随所にあり、その関係性だけが彼女の心の居場所であることが感じられる。「トリを守る」という責任感も含めてロキタはトリの存在によって自分を保っている部分があり、それが翻ってトリの不在に対する危ういまでの不安定にも繋がっているように思う。
特にトリとはなればなれになる中盤の展開ではロキタは置かれている立場も忘れて取り乱す。一人では生きていけない子供がいつ使い捨てられてもおかしくない危険な場所で権利を主張する状況にめちゃめちゃハラハラさせられる。終盤再会して逃げる際も一緒に行動することにこだわりを見せたりなど、客観的に見ると危険を冒しているような選択の後ろ側にロキタにとっていかにトリが切実な存在であるかが透けて見える。

ダルデンヌ兄弟らしく残酷な現実をそのまま投げかけるラスト

ロキタがトリを必要としている一方でトリがなぜロキタと一緒にいるのかは特に具体的な説明がないのだけど、悲しい結末になってしまうロキタに対してトリが最後にかける言葉によって「異国に渡ってきた孤独な少年」という身も蓋もない現実に立ち返るような苦しいラストになっている。
寝る前に歌を歌ってくれるロキタの存在はトリにとっての母親代わりだったのだと思うと一番大切なものを奪われた彼の未来がとても心配になるし、どこまでも不条理な世界へのやるせなさが余韻として広がる。

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