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2023年映画感想No.48:青いカフタンの仕立て屋(原題『Le bleu du caftan』) ※ネタバレあり

小さな仕立て屋の中で展開する三角関係

ヒューマントラストシネマ有楽町にて鑑賞。
最小人数で切り盛りする小さな仕立て屋が舞台の物語なのだけど、その中で近付いたり離れたりする人間模様が仕事の描写を通じて浮かび上がるのが丁寧な演出で良かった。
男性への恋愛感情を押し殺しながら妻と家業である仕立て屋を営んでいるハリムが若いユーセフを弟子として迎え入れるところから話が始まる。序盤にハリムが大衆浴場に一人で行く場面が彼の性的志向を示唆する場面になっていて、それによってそれ以降のハリムとユーセフ、ハリムと妻のミナそれぞれのなんてことない描写にもピリッとした緊張感が生まれている。

映画的な象徴演出

職人一人で全て手作業の仕事を捌ききれない量抱えながら客を逃さないように営業しないといけない超ギリギリ経営の仕立て屋なので、上手く接客してくれるミナも作業を手伝ってくれるユーセフもそれぞれ貴重な人手というのがその間で揺れるハリムの恋愛的心苦しさを象徴的に見せるようで上手い。
ハリムは不倫だし同性愛だしで「こんなことは良くない」と頭ではわかっているのだけど、それでも否応なくユーセフに惹かれてしまうプロセスがどんどんロマンティックで官能的になっていく仕立て描写から浮かび上がる。それを見ているミナも夫のアイデンティティに理解のある右腕として彼を支えることでパートナーとして認められようとしているように見える。
また、店の中の間取りやカメラワークが3人の中にある1と2を際立てる瞬間がある。ミナの目線から見て隣の部屋にいるハリムとユーセフがより親密に映るという演出の一部になっているのだけど、逆にハリムとミナが一緒の時間を過ごす自宅ではハリムが象徴的に窓の外を眺めるカットがあって同じ場所にいながら心の距離がある関係性のように感じられるのが上手い。窓辺のカットは以降もミナが感じているハリムの不在を際立てるような絵として印象的に用いられていて、説明せずに人物の心模様を見せるような演出として映画的な味わいがある。

夫を支える妻ミナの魅力

ミナが夫のセクシャリティについて把握しているというはっきりとした描写はないのだけど、序盤は夫が自分から離れてしまうのではという不安に対して彼女が自分の立場の正当性を主張するほどに夫を抑圧してしまうのが全員を不幸にしていくようで見ていて辛い。
ハリムもミナに完全に心が無いわけではなく職人である自分に敬意を持って支えてくれる妻の存在に救われているような瞬間があり、恋愛感情ではなくとも二人には特別な関係があることがわかるからこそ三角関係がより複雑で味わい深くなっている。
納期は押しまくってるけど仕事は取らないといけない経営状況でミナが夫の職人仕事を尊重しながら客を説得していくのがめちゃめちゃ商売上手で、職人気質で接客に全く向いてない夫の仕事を業務的にも精神的にも支えている。同時にそれがミナからの職人としてのハリムへの恋愛表現の描写にもなっている。

職人としての寄る辺なさと重ねて描かれるハリムの恋愛的孤独

序盤からハリムの時代遅れになりつつある手作業の職人仕事にはマニュファクチュアに取って代わられるという不安やもはや誰にも理解されないかもしれないという孤独が常に横たわっているように見える。だからこそ職人としての自分の居場所に恋愛を重ねているようであり、物を作る人間同士であるハリムとユーセフには彼らだけのシンパシーがある。
一方で時代遅れの職人であるハリムが職人であり続けられたのは最も身近な理解者であるミナの存在による部分も大きく、そのパートナーシップもまたハリムのアイデンティティにおいて欠かせない要素になっている。
ユーセフとミナへの異なる情の間で揺れるハリムがある場面で「余白を残して布を切る。切りすぎたら取り返しがつかないから」ということを言うのだけど、それがハリムの理性的線引きを表しているようでもある。

隔たりがなくなり調和されていく三角関係

ユーセフへの気持ちを否定して大病で家から出られなくなったミナに寄り添うことを選んだハリムは仕事ができない状態になってしまうのだけど、そうやって職人ではない生活を送ることが自分を偽っている状態として重層的な意味を持つ描写にもなっている。
自分といることでハリムを傷つけていることに苦しむミナと、ありのままでいられない痛みを抱えながら大切な人に寄り添うことを選んだハリムがお互いの良心ゆえに身動きが取れなくなっている様子がどちらも相手のことを思っているだけに切ない。
そうやって自分たちではどうしようもなくなってしまった二人のところにユーセフが戻ってくることでハリムはもう一度職人として過ごす時間を取り戻せるようになっていく。ミナに寄り添うハリム、そのハリムに寄り添うユーセフとそれぞれの利他的な選択が優しく全てを前進させていくのが良かった。
三角関係が解消されるに連れて職場と家という場所の隔たりが無くなり全て同じ空間内で調和していくのも映画的で素晴らしい。大切な人を尊重することで大切な人にとっての大切な人を受け入れられるようになっていくという心の接近が物理的にも親密さが増していく三人の距離感からも感じられた。
近所から大音量で音漏れしている音楽に合わせて三人で踊る場面は彼らだけの幸せな時間が刹那的で切ない。ミナの死に向かっていく物語だからこそ永遠に続いてほしいという幸せな瞬間が悲しさも際立てる。

カフタンを完成させることの意味

劇中コツコツと作り進めている青いカフタンの刺繍を完成させることがそれを見届けるミナにとってのハリムとの訣別と、ハリムにとってユーセフが特別な存在だと実感し直すための象徴的な出来事になっているのも丁寧な構成で素晴らしい。
ラストに完成した美しいカフタンを死装束としてミナに着せるのが職人としての自分を支えてくれた妻に捧げる愛のある追悼で切なくも感動的だった。慣習を破っても自分たちだけの特別な物語を貫く姿が「愛することを怖がらないで」と背中を押してくれた大切な理解者への誠実なアンサーのようであり、ユーセフが何も言わずに全てを理解してそれに寄り添うのも二人への思いやりに溢れていて良かった。

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