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アノーチャ・スウィーチャーゴーンポン『カム・ヒア』ここへ来て、ここから見える景色は…

ベルリン映画祭には多くの部門が存在するが、中でもフォーラム部門のラインナップは毎年凄まじい。正式名称は"International Forum of Young Cinema"であり、開催団体であるアーセナルはベルリン映画祭の中でも最もリスクを取ることを厭わない部門として、世界中から挑戦的な作品を集めている。その魅力に気付いたのが昨年、新作ベストを集計している際にフォーラム部門出身の作品が渋滞しているのを発見してからだった。本作品は今年のベルリンフォーラム部門に選出された一本で、私の大好きなアノーチャ・スウィーチャーゴーンポンの最新作である。

本作品を一言で表すと"迷宮"である。主な登場人物は、短髪の女性(女優)と彼女の同僚の俳優三人、そして謎の長髪の女性の五人で、最初の四人はまとまって行動しており、長髪の女性だけは基本的に一人で行動している。俳優たち四人組は、カンチャナブリにある誰もいない湖畔のホテルへ向かい、将来のことや閉鎖された動物園のことなどを語り合う。その後、俳優たち三人は鶏や猿や犬の声や動きを真似てじゃれ合い、女優は何かに導かれるように森の中へと入って小さな池を見つける。そこは長髪の女性が何かから逃げてたどり着いた池にも似ていて、その瞬間に画面の上下が分かれて下半分に長髪の女性が湖部分を覆い隠すように登場する。長髪の女性が何者かは明かされないが、何かから逃げるように森の中を進み、息も絶え絶えに池の側に倒れ込んだ後、モーフィングによって別の若い男性へと変貌を遂げる。まるで現代のティレジア伝説のようだ。

本作品は意図的に接合部を排除された無地のパズルのように、論理的な説明がなされないまま意味不明な挿話が雑然と並んでいるが、注意深く見つめるとなんとなくの関連性は見出すことができる。大きな繋がりだと、前半で四人組が湖畔のホテルで行った会話が、後半に舞台上で再現されるシーンが存在している。また、閉鎖されてしまった動物園の記録映像が挿入され、そこに登場する動物は俳優三人が真似していた動物との関連があることが分かる。しかし、動物→人間の行為が"真似"であるのと同等に、現実→舞台の再現もニュアンスは同じだが細部が異なる=真似であり、そのどちらもが創造である可能性も秘めているなど、考えを巡らすほど迷宮へと踏み込んでいくような感覚に陥る。それは思い出すほどに変質していく記憶を辿っているようでもあり、唐突に現れる生身の人間への困惑でもあり、正に監督の頭の中をぶち撒けたキャンバスと言えるだろう。

・作品データ

原題:Jai Jumlong
上映時間:69分
監督:Anocha Suwichakornpong
製作:2021年(タイ)

・評価:90点


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