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チャイタニヤ・タームハネー『夢追い人』インド古典音楽は永遠の探索だ

『裁き』の衝撃から6年経ち、チャイタニヤ・タームハネーが戻ってきた。遂にズームを覚えたターハムネーの新作は、老齢の師匠からインドの伝統音楽の演奏と歌唱を習い、自己研鑽に励みながら、スターになることを目指しているシャラッド青年の日常生活を描いている。シャラッドの父親も伝統音楽歌手であり、シャラッドは父親と比べられることを忌み嫌いながら、音楽以外のことを考えられず全てを犠牲にしている。演奏そのものに向き合っている時間と同じくらい別のことにも時間が割かれるのが実にタームハネーっぽい。演奏者も演奏者である以前に人間なのだ。

にじり寄るように近付くズーム、そして(意図不明瞭な)スローモーションは、聖者と行者が何千年も掛けて修行を重ねる"永遠の探索"とされるインド古典音楽の優雅さを具現化しているかのようで、音楽とは直接関係のないヨガやバイク走行ですらその詩的な世界に接続され、『裁き』と同じく不思議な時間が流れていく。
前半の若かりし頃のシャラッドは、映像の優雅さとは逆に我慢が足りず、すぐに演奏や歌唱が上達しないことに対して心が急いている。師匠はそれを見破って落ち着くように促すが、兄弟弟子が先に重用されるのは、あまり良い薬になるとは言い難い。売れている別系統の古典音楽歌手を腐して、亡くなった父親を思い出させる母親はほぼ縁を切ったような状態で放置し、自分の精神状態を安定させる。
後半の壮年期のシャラッドもまた、映画の優雅さとは逆に嫉妬の塊のまま成長してしまっている。重用されていた兄弟弟子や卒業した後輩はネットやテレビで活躍しているが、一門を守っている自分は未だに師匠から怒られるし、いまいちパッとしない。Youtubeのアンチコメに匿名で返信しようとして思い留まるという素晴らしすぎる性格描写によって、彼の未熟な部分が強調される。若い頃から本当に伝統音楽が好きなのかすらも分からない態度でのらりくらり生活しているようにも見えるのだが、それには理由があったのだ。

師匠の師匠の肉声テープが幾度となく登場し、師匠がその師匠にキレられているのだが、基本的に師匠→シャラッドと同じことを言っているし、なんなら面識ないはずなのに師匠の師匠→シャラッドでも通用する説教になっていて超面白い。時をかける説教!シャラッドはその貴重な肉声テープを寄贈という形で捨て去るのだが、それは"憧れていた人の神格化を破壊する出来事があったから"というもの。昨年同じことが起こった私としては辛いものがあった。シャラッドにいまいち覇気が感じられないのも、若い頃に知ってしまった幻滅を忘れられないからなんだろう。本来なら自分で力をつけてから、幅広い視点を持つことで師匠の癖や欠点などまで把握できるようになるのが理想だが、彼は早すぎる段階で外部の批評家(しかもアメリカ人のコレクターという設定が最高)から思いもしない形で幻滅を与えられたのだった。

ただ、全体的な人物描写は甘い。他人から思いもしない幻滅を与えられる衝撃は確かにあるが、それだけで無気力なシャラッドを形成するには弱すぎる気がする。時系列操作も情報の後出し以外であまり意味を成していない。本作品も十分面白いが、正直『裁き』は超えられなかった。

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・作品データ

原題:The Disciple
上映時間:127分
監督:Chaitanya Tamhane
製作:2020年(インド)

・評価:60点

・ヴェネツィア国際映画祭2020 コンペ選出作品

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