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アンソニー・シム『Riceboy Sleeps』振り向かない母と振り向きたい息子

アンソニー・シム長編二作目。シムは8歳のときにカナダに移住した韓国人であり、そんな彼の幼少期を基に製作された一本。主人公はドンヒョン、もといデヴィッドであるが、最初に提示されるのはその母親ソヨンについての物語である。1960年の冬の寒い夜に寺の階段で発見された彼女は、孤児院を転々として、成人したらさっさと出て都会へ行き、そこである大学生の男と出会った。しかし、二人が親密になると男は次第に精神を病んでいき、生まれたばかりの赤子を残して自殺した。韓国では未婚の子供には市民権がないらしい。選択肢もなくソヨンは都加を決意した、というもの。ドンヒョン(つまり監督)の物語と思っていたので驚いたが、これは後の展開に絡んでくる。カナダで新たな生活をスタートしたソヨンは、白人男性同僚の横暴には正面から食って掛かり、いじめられている息子には"テコンドー使えるんだぞって言ってみろ"と促し、他の人種的マイノリティの同僚たちと新たなコミュニティを作っているが、一方のドンヒョンは同化を選ぶことで社会に適応しようともがき始める。絶対に振り向かずに前だけ向こうとするソヨンに対して、ドンヒョンは周りと違う自らのルーツを求め始める。それは自殺した父親の存在として重なり合って、二人を韓国へと導いていく。興味深いのはドンヒョンが英語名を決めさせられるシーンだ。彼はマイケル・ジョーダンがいいと言うが、結局デヴィッドという在り来りな名前になってしまう。抵抗を諦めて同化を選んだ一つのきっかけだろう。

本作品の特徴は、その見事な長回しにある。冒頭では暗闇から扉が開き、逃げ出したドンヒョンを追いかける長回しになる。サイモンに求婚された翌日に工場の通路を歩く長回しでは、同僚が次々と寄ってきて祝いの言葉を述べ、最終的に廊下の突き当たりにあるシャッターが上に開いて眩しい世界が広がる。同僚の息子の名前を決める井戸端会議では彼らとの時間を共有する。長回しというスタイルに固執しているわけではなく、効果的な部分で使い分けているという当たり前の選択が、昨今のスタイルに溺れた語り口に飽き飽きしていた私には深く刺さった。今年はこれとセリーヌ・ソン『Past Lives』で支持者が喧嘩している模様。

・作品データ

原題:Riceboy Sleeps
上映時間:117分
監督:Anthony Shim
製作:2023年(カナダ)

・評価:60点

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