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Binka Zhelyazkova『The Tied Up Balloon』空飛ぶクジラを捕まえた

ブルガリア初の女性映画監督ビンカ・ジェリャズコヴァ(Binka Zhelyazkova)長編三作目。ブルガリアの農村の朝は早い。ニワトリの鳴き声とともに画面に登場した壮年の男は空を見上げて後ずさり、家の国旗を取り下げる。パンイチ&ガスマスクでその家の扉を叩く男も、牛を連れて歩く少女も、犬も猫も何かに怯えているようだ。そして満を持して登場するのが、本作品の題名にもなっている阻塞気球である。飛行機による低空からの攻撃を防ぐため、主に戦場などで用いられている無骨な気球である。すると、阻塞気球はいきなり喋りだす。俺は気球だ、戦争に繋がれていたが今は自由だ!云々。本人(本気球?)は空を自由に漂っているつもりだが、地上に居る人間たちはその存在に怯え、続いて"あれは大量の絹で出来ている"と知ると欲に駆られて撃ち落とすことにする。そこから村人たちの知能指数が一気に低下していき、上ばかり見て全員で同じ穴に落ちたり、森の中に入ってボロボロになったり、目的を同じくする隣村の男たちと喧嘩したり、遂には訳も分からずそのへんにいたロバを全員で担ぎ上げる。このシーンの馬鹿馬鹿しさは身悶えするほど美しいが、このロバを時の支配者トドル・ジフコフに見立てているということから上映禁止処分が下されたらしい。ジフコフは理解していなかったようだが。

聾唖の少女と気球の交流や軍隊を物理で薙ぎ払う姿など、気球がまるで意思を持って漂っているかのような描写が美しい。少女の存在は物語の中では異質であり、本筋と全く関係ないことから、ジェリャズコヴァ本人の投影と言われている。映画製作の邪魔をされ続けた過程や現場における閉塞感が、犬に追い立てられて穴に落とされる少女の姿と重なってくる。そんな少女の庇護者である空を浮かぶクジラのような気球が、唐突に後光を背負って神々しく輝くシーンもまた強烈。人間が"狩る者"から"狩られる者"になった瞬間の情けない顔を目撃できた。ただの気球だからといえ自由を唱えていたモノが軍隊によって"虐殺"される姿をストレートに見せていたので、初上映以降政府によってお蔵入りとなったのは納得。

・作品データ

原題:Привързаният балон
上映時間:98分
監督:Binka Zhelyazkova
製作:1967年(ブルガリア)

・評価:70点

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