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アレクサンドル・ソクーロフ『独裁者たちのとき (フェアリーテイル)』自己陶酔と終わりなき怠惰の煉獄

アレクサンドル・ソクーロフ最新作。これまで数多くの歴史上の人物を役者に演じさせることで映画に登場させてきたソクーロフが、とうとう本人の写真をディープフェイクで動かすことで、"本人"を登場させることとなった。いきなり登場するのは大量の花に囲まれた棺に横たわる有名なスターリンの写真で、彼は目を開き、もぞもぞと手を動かし、目覚めた世界のことではなく自分のことをモゴモゴと語る。それを近くで笑っているのがヒトラーで、スターリンの隣にはキリストが横たわり、それらをチャーチルやムッソリーニが覗き込んでいる。彼らは、AIが錬成したような不気味に入り組んだ荘厳かつ朽ち果てた世界を練り歩きながら、各々の言語で生前のことを語り始める。彼らの姿は一人一つに留まらず、スターリンとスターリンが向かい合っていたり、一画面にチャーチルが三人いたり(スターリンに"何人おんねん"とツッコまれていた)、画面は常に"四人"で溢れかえる。テキストは『マキャベリとモンテスキューの地獄での対話』に似ているらしいが、本作品では互いが向かい合った会話のようなものがあっても、それが会話に発展することはなく、ひたすら会話がすれ違い続ける。只管に自己陶酔と終わりなき怠惰だけが延々と繰り返されるので、確かに78分間煉獄にいた気分になる。中心となる四人よりも凄いのはやはり背景である。上述の朽ち果てた荘厳な宮殿、ナポレオンが守る巨大な扉、霧の中に兵士の亡霊のような影が見える平原、燃え尽きる風車、"群衆"をAIに作らせたかのような挙げた手の波(自我を失った人民?)など、ディープフェイクの元首たちよりも映ってはいけないもの感が強い。特に人の波が物理的に波になるグロテスクな情景は見事。あと、チャーチルはずっと女王を称えてるんだけど、二次大戦の時代はジョージ6世だったのでは?

追記
それにしてもチャーチルまで独裁者と言い切ってしまうパンドラという配給会社の歴史観は興味深いものがある。邦題に引っ張られて"四人の独裁者が…"という感想が散見されるのも含めて。まぁ最初はスターリンのことレーニンって書いてたし、歴史観もクソも無いのかもしれないが。

・作品データ

原題:Сказка
上映時間:78分
監督:Aleksandr Sokurov
製作:2022年(ロシア)

・評価:70点

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