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ヴィンセント・ウォード『ウイザード』黒死病から逃れるために…

1348年、イングランドの寒村は悪夢の真っ只中にあった。欧州全土を飲み込んだ黒死病がすぐそこまで迫ってきていたのだ。モノクロの画面は白と黒の境界を際立たせ、バグパイプで奏でられる伝統音楽のような劇伴は牧歌的なフォークロアのような側面を強調し、このダークなファンタジーはガイ・マディンのようなグロテスクなパワーを持つようになる。ニュージーランド出身の監督ヴィンセント・ウォードの長編二作目であり、本作品は前作同様カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に選出された。相変わらず奇抜な選出をするなあという感想は兎も角として、それよりも気になるのが同じくニュージーランド出身のジョフ・マーフィが同じ様な時期に『クワイエット・アース』という世紀末映画の大傑作を撮り、この10年前にはオーストラリアでピーター・ウィアーが同じ様な世紀末映画『ザ・ラスト・ウェーブ』を撮っていることだろうか。オセアニアの監督は世界の終焉に敏感なのかもしれない。

物語は、主人公グリフィンの予知夢を元に旅に出る六人の仲間を描いている。夜明けまでに地球の裏側にある街の大聖堂の一番高い場所に十字架を置けば村を助けられるという夢に従って、一行は地盤を貫通するトンネルを掘り進めていく。松明を掲げる一行の顔には風に吹かれた光源由来の光と影が妖しく揺れ、モノクロが陰影を強調する。しかし、モノクロは陰影を生えさせたりや古めかしさの誇張したりするのに使われるだけでなく、世界の裏側に到着した際にカラーに切り替わることで、現実と夢の対比を行っており、別世界に来てしまったことを強調することにも使われる。そして、その世界の裏側とは現代の世界なのだ。フォークロアからファンタジーを通ってSFにまで到達した本作品は、過去の人間が現代に来ることで感じる未来という要素を使ってSF映画を再構築していく。

例えば道路。車を見たことのない一行は速すぎる物体に対して恐怖心を覚え、この時代の大河のような役割を果たす。渡った者と渡れなかった者が今生の別れのような挨拶を涙ながらに交わすシーンは爆笑ものだが、10分近くも道路を横断するシーンに費やす狂気には惚れてしまう。次に潜水艦。予知夢ではデカい魚と思っていたが、潜水艦が『JAWS / ジョーズ』のサメのようにじっくりと時間を掛けて登場し、一行はビビり散らす。短い分手数は少ないが、それぞれのシーンを確実に魅せ切るウォードの演出力は凄まじい。

この手の映画にしては珍しく予知夢は冒頭からラストまで徹底して同じものであり、甘い詩情からドン引きのド鬱ラストまで事実を更新して解釈を変えていくことで紡いでいる。少年が旅をするダークファンタジーにしてはハードすぎるし、予想もしてない打撃を食らう作品であることは確かだ。

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・作品データ

原題:The Navigator: A Medieval Odyssey
上映時間:92分
監督:Vincent Ward
公開:1988年12月15日(オーストラリア)

・評価:70点

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