見出し画像

熊の飼い方 47

光 25

 朝ごはんを食べ終え部屋に残っていたのは、僕と岡本だけになった。気まずい空気が流れるかと思ったが、岡本がすぐに僕に話を振ってくれた。
「田嶋君、ここでの生活にはもう慣れた?」
「はい、だいぶん」
「そうか、よかった。元気になって何よりやん。木村さんとは最近会ってる?」
「最近は、あんまり会ってないです」
「そうか、あの人結構、忙しくしてるからなあ」
「あの人って、何者なんですか?」
「あれ、紹介されてない?木村さんは……。まあ無理はないか。こういう質問めんどくさいと思うけど、何者だと思う?」
「何かの社長ですか?」
「んー、社長といえばそうなるのかな。ここの。でも違う。まあ、あの人自身、何者かということは考えてないんじゃないかな。そういうレッテルが嫌いなんだと思うし。だから、公演でも自分を影にして写してるんだと思う」
 岡本は淡々と話すが、引っかかるところに気づき、ハッとした。あの公演の影の人が木村さんなのか。だから島崎が僕を連れて来てくれたのか。合点が行くところを発見し、少し安心した。そして、あの聞き覚えのある声の正体が分かった。
「なんで、あんな活動をしているんですか?」
「それは、木村さん本人に聞いた方が早いのかなと思うで」
 そう言い終えると、岡本は重い腰をあげるように立ち上がった。自分の飲んだいたコップを流しに持っていき、扉から出ようとした。しかし、一瞬止まり、言葉を発した。
「『人生は暗いことばっかりだ。でも、光は必ずある。たとえその光が小さくても人はその光にすがり、楽しさや嬉しさを見つけるんだ』って木村さんが言ってた。光を見つけるのはそんなに簡単じゃないけど、お互い焦らずに頑張ろう」
 岡本は僕に背を向けながら言った。その一言を言い残し部屋から出て行った。一人残された僕は、岡本の言葉を頭で反芻していた。明るい話なのか、暗い話なのか、今の僕には判断ができなかった。
 今現在の自分の状況は、光すら見えていない。ぼんやりとした光がどこかに見えるようだ。その光はかすかでしかなく、輪郭を持っていない。僕には輪郭を捉えた光が見えるようになるのだろうか。そもそも光なんて見えるのだろうか。また不安がすこし増した気がした。


この記事が参加している募集

私の作品紹介

眠れない夜に

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?