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鬼嫁

会社の部下や後輩との会話って難しい。


 「休みの日とかって何してるん?」

と聞こうものなら、

 「え、この人なに勝手にプライベートにズケズケと踏み込んでるん?ちょっと自分が上の立場やからって、休日の俺の行動まで管理しようとしてんの?労基走った方がいい?」

と思われていまいそうだし、

 「この前、釣りに行って来てブリ釣ってさ~」

と自分の話をしようものなら、

 「え、仕事中は先輩やから仕方なく相手してあげてるのに、何コイツ気持ち良くなって自分の話しちゃってんの?
"写真見せてください!" とか "コツはあるんですか!?" とか言って話広げなアカンの?ダルいわ~」

と思われてしまいそうだとと考えてしまうのである。


僕はわりと、考えすぎてしまうタイプだ。

しかし、だからといって黙々と仕事をして仕事の話だけをしてくる先輩は味気ない。

実際、僕は仕事が好きなわけではなかったし、出来れば後輩と面白い話をしたかったし、欲を言うと真面目な顔で突然ボソッと面白いコメントをして笑いをとるセンス系芸人のようになりたい。


そんな僕の、気を遣う気持ちと、ユーモアを出したい気持ちの間の、細い道の先に仁王立ちしていたのが「自虐」だ。

自虐は、後輩から話を引き出す必要はなく、話の展開が僕の自慢に進んでいく可能性も低く、先輩がちょっと失敗してしまった話なんかはうまくいけばクスッと笑わせることができるかもしれない。

もう30歳を超えた子持ちのオジさんであっても、自虐をキッカケにしたフランクなトークで後輩と気兼ねなく話し、近い距離感で接することができるようになるかもしれない。

実は僕は4人兄弟の末っ子で、年上の女性に可愛いと思われたい欲があったのだが、オジさんになってからでも後輩に「可愛い先輩」と思ってもらえるのかもしれない。

僕は学生時代以来の難問の方程式を解き、自虐を武器に後輩とのトークを蹂躙していった。


そんな自虐を中心としたトークで後輩と話していたある日、後輩からこんなことを言われた。

 「KJさんの奥さんって鬼嫁なんですか?」


・・・あれ?
どうしてそうなった?

僕の妻は少し変わったところはあっても、純粋で穏やかな性格をしている。

人の表情を気にしすぎてしまう僕が、妻の不思議な表情を見て
 「今、何考えてる?」
と聞くと
 「え? 何も考えてなかった笑」
といつも返事するような妻だ。

後輩からの突然の鋭いパンチのような発言を、デンプシーロールさながらのダッキングで避けながらよくよく聞いてみると、どうやら僕に原因があったようだ。


そう、僕は自虐発言の中でよく

 「昨日、妻にこんなこと言われちゃったよ。
  俺ってまだまだだな。トホホ。。」

といった話をしていたため、後輩は

 「どうやら、KJさんはいつも奥さんに批判されているぞ」

と理解してしまったのだ。


これはまずい。

いや、そんな発言を後輩ができているなら目標達成と言えないことはないのだが、このまま自虐を続けていると、僕のトークの登場人物たちがみんな鬼になってしまう。

すると、後輩は会社での仕事を放棄して、鬼狩りをするために鬼殺隊へ興味を持ってしまうかもしれない。

これは良くない。

まずは、妻の鬼化を止めなければ。


とりあえず僕は後輩へ、新婚旅行で妻とダイビングをした時の、全身タイツのようなウェットスーツで満面の笑みを浮かべている妻の写真を後輩へ見せて、

 「俺の嫁さんはこんな感じ。鬼嫁ってほどじゃないと思うよ。」

と、なんとも言えない訂正をして、クリンチしながら誤解が溶けるのを待った。

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