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7%


いくつになっても月を見上げる人間でいたい。月に情緒を見つけられるからよいとか、月の美しさを一瞥もしないからよくないとか、そういった類のものではなくて、ただ、月を見上げる人間でいたい。星でもいい。真っ暗な帳に穴が空いたように煌めく月や星をぼうっと眺め、綺麗だと、美しいと、そう思える心を持った人間でありたい。僕がいつ頃から夜空を見上げるようになったのか、それは覚えていない。いつの間にか、淡黄色に輝く彼らに目を奪われるようになった。
月のような人間でありたい。僕は太陽にはなれない。月の光には優しさを感じるし、寂しくて泣きたくなるような真夜中でも月は遠い空の向こうから見守ってくれているような気がする。陽光の約7%を反射し、盲目になった僕らを優しく包み込んでくれているような。太陽のように溌剌な彼女が雲に埋もれてしまいそうな時、僕が微かな光で淡く抱きしめられたら。泣いた夜、空に引っ掛かるように浮かんだ月を眺めて癒されたように、僕が持つ光で救える瞬間があるはずだから、月のような人間でいたい。
見たもの、感じたものを、素直に美しいと、素敵だと伝えられる人間でありたい。情景、友人、恋人。素敵だと感じたことは、素敵だと伝えたい。心の中で思うことはあっても、言葉にするのは簡単なことではないから、さらりと流れるように言葉にできる人間でありたい。
雨も愛したい。仕事の日、出かける日、雨が降っていれば気持ちは落ちるけれど、それでも雨なりの過ごし方を見つけられれば幸せだ。人生の7%の幸せだとしても、気づけないより良いものになる。雨の夜は窓を開けて、雫が滴る音や雨が弾ける音を背景に本でも読めば幸せだ。天気が悪いのではなくて、雨という天候だということ。それは人間にも同じことが言えるわけで、晴れ、曇り、雨とあるように、その人にはその人の特徴や生き方、価値観や人生観、これまでの暮らしがあったというだけのこと。晴れが嫌いならそれでいいし、曇りが嫌いならそれでいい。雨だってそうだ。なにも全てを愛せるようにならなければいけないわけでもあるまいし、僕は雨も愛したいだけ。美点も欠点も、長所も短所も愛したいのだ。




自分として生きていく時間が長いほど、欠けているなという思いが強くなっていく。自分の機嫌は自分で取るものだけれど、自分一人の力だけでは解決しないことがあって、満腹になろうと酔いがまわろうと欠けているものは欠けているままである。なんのために生まれて、なんのために生きていくのかを考えるよりもまず先に、なぜ幸せではないのかを考えるべきで、愛すべき人間に頭を撫でてもらうことが最優先事項である。存在意義なんてそっちのけでいいし、去るものだって拒む必要なんてないけれど、いかに自分を幸せにするかどうかが、この先の幸せの錠を外す鍵になる。生きてるだけでえらいなんて常套句は好まないし、僕は僕にそう言い聞かせたくないところもあるけれど、愛すべき人間のために生きたいと思えるその心は讃えるべきものである。
欠けている部分に執着しないで、輝いている部分を見つけられる人間でありたい。月は欠けていても美しいし、三日月には寄りかかることもできる。欠けていても照らすことができるなら、たとえ7%の微力だとしても、僕はいつでも手を差し伸べたい。



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