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Random Walk

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執筆したショートストーリーをまとめています。
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2020年11月の記事一覧

輪郭線

「ねえ、せっかく二人で温泉に来ているのに、なんで君は入らないの?」

彼と付き合いだしてから初めての泊まりがけの温泉旅行。
恋人から何気なく投げかけられたその問いに、私は曖昧な笑みを返すことしかできなかった。理由を聞けば、彼はおそらく眉を顰めて怪訝な顔をするだろうことは容易く予想がついた。それは私だけが抱えている理由も根拠もない不安に由来するものであり、これまで大っぴらに誰かにそれを伝えたことはな

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ケムリクサ

「あ」

喫煙所のドアを開けて入ってきたのは、偶然にも彼女だった。

「久しぶり」

彼女は軽く片手をあげてこちらに挨拶しながら、ハンドバッグから煙草とライターを取りだした。先客の僕は小さく頷いて彼女に挨拶を返す。彼女は真っすぐこちらに近づいて以前のように僕の隣にしゃがみこむと、こちらを見上げて言ってくる。

「煙草」
「え?」
「電子にしたんだ」
「ああ。最近だと電子オンリーの喫煙所もあるし」

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手袋が繋ぐ季節

手袋が繋ぐ季節

いつものようにバスを降りて駅へと向かう途中、吹きつける風の冷たさに思わず首をすくめる。これならマフラーを巻いてきても良かったかもな。本格的に冬の足音が近づいてきたことを首筋が知らせてきていた。
上着のポケットに手を突っ込んで手袋を取りだそうとして、違和感を覚える。右のポケット、定期入れはあるのに手袋がない。
その時「あの、落としましたよ」と後ろから声がかかった。
振り向くといつも同じバス停から乗り

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一日遅れのハロウィンパーティ

一日遅れのハロウィンパーティ

「ハッピーハロウィーン!」

私が鳴らしたチャイムに応え、不審そうな顔でアパートのドアを中からゆっくり開けた宗像先輩に向かって、私は精一杯の明るい声で呼びかける。
宗像先輩は私が所属しているオカルト同好会の男子の先輩だ。
そして私は魔女っぽい衣装、つまり紫色のとんがり帽子に丈の短いマントを普段着の上から身に着けている。いわゆるハロウィンの仮装、コスプレだ。
宗像先輩と同じくオカルト同好会に所属する

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