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一日遅れのハロウィンパーティ

「ハッピーハロウィーン!」

私が鳴らしたチャイムに応え、不審そうな顔でアパートのドアを中からゆっくり開けた宗像先輩に向かって、私は精一杯の明るい声で呼びかける。
宗像先輩は私が所属しているオカルト同好会の男子の先輩だ。
そして私は魔女っぽい衣装、つまり紫色のとんがり帽子に丈の短いマントを普段着の上から身に着けている。いわゆるハロウィンの仮装、コスプレだ。
宗像先輩と同じくオカルト同好会に所属する女子の先輩、兼、同会女性会長である東條先輩の発案で宗像先輩のアパートに突撃訪問をしたところ。いざ訪問してみるとなんだかチャイムを押すのが妙に気恥しく、それでも頑張って明るく振舞ってみたのだけれど、そんな私の頑張りに対する宗像先輩の反応はひどく冷淡なものだった。

「一日遅い」
「え?」
「なぁ轟、知ってるだろうけどハロウィンは昨日だろうが」
「いやまあそうなんですけど」

事前に予想はしていたけれど、やっぱりそこを突っ込まれたかぁ……。だけどそう言うだろうなと思えるようになったという事はつまり、同好会の先輩後輩としてお互いのことがだいぶ分かってきたということなんじゃないかな、とも思う。

「正直なところ昨日来るかと思って身構えてたんだけどな」
「本当はそのつもりだったんですけど……色々事情がありまして」
「聞かないでおくよ。どうせ東條先輩がらみだろ?」
「まあ、そうとも言いますか、その、何とも」

その質問についてはどうしても歯切れが悪く答えてしまう。宗像先輩も「?」と疑問符を頭の上に浮かべている。

「あの、ところでそろそろ中に入れてもらえませんか?」

先ほどからの問答は宗像先輩のアパートの玄関の前で行われていたのだけど、一日遅れの仮装は世間的にもだいぶ気まずい。アパートの構造上、私たちが立っているこの玄関先は向かいに建つ家の2階ベランダ正面に位置している。さっきからそのベランダで洗濯物を干している住人の方がこちらをちらちら見てくる視線を感じていて、正直早く中に入れて欲しい。

「……」

私のお願いに宗像先輩は即答せず、その視線は私の後ろにいる馬の頭の被り物をかぶった人物に注がれている。さっきからずっと無言で私の後ろに立っているのだ。

「あ、被り物してるから分からないかもしれませんけど、この人は東條先輩ですから」
「違ってたらびっくりするけどな。それに無言なのが怖いんだけど。……まあ入れよ」

そう言いながら宗像先輩はアパートのドアを大きく開けてようやく私たちを迎え入れてくれた。

奥の8畳間に私たちを通した後、いったん台所の方に引っ込んで冷蔵庫からお茶のペットボトルを取りだしながら宗像先輩は被り物を被ったままの東條先輩に言ってくる。

「いいかげんその被り物脱いだらどうですか」

東條先輩はそう言われてやっと被り物を外した。
お茶を取りだして8畳間に戻ってきた宗像先輩が東條先輩を一目見て、思わず「うわっ!?」と叫び、ペットボトルを取り落とす。
東條先輩の顔は頬に大きく抉られたような傷が入っており、口元もぱっくりと裂け、目元は痣でぼこぼこの状態だったからだ。
驚いた宗像先輩を見て東條先輩が嬉しそうにガッツポーズをする。

「やった、成功!」
「はー、頑張ってメイクした甲斐がありました」

当然のことながら顔の傷や痣は全てメイクで作りこんだもの。
ネットの記事を参考にしつつ、ティッシュで土台を作ってファンデーションで肌の色と合わせ、傷口は口紅で赤く色づけた後にアイライナーでそれっぽくまとめたのだ。痣はダーク系のチークで表現している。
やってみるとこれがなかなか難しくて、口元の傷などは最初は子供が悪戯で口紅を付けたみたいになってしまった。何度もやり直したために予定の時間を過ぎてしまい、昨日の訪問を諦めたのだ。

時間がかかった理由は実はそれだけじゃなくて、セクシー衣装を着せようとしてくる東條先輩とそれを断固拒否する私の押し問答で更に時間を食ってしまったという事実もあるのだけど、それは宗像先輩には秘密だ。

私たちの仕掛けたドッキリに見事にひっかかった宗像先輩は怒るよりも感心したらしく、しげしげと東條先輩に顔を近づけて作りこんだ傷口を眺めている。

「いや、メイクって凄いな。女性は化けるっていうけどまさにその言葉が相応しいな」
「ねえ、ちょっと宗像くん、近くない?」

興味津々でずんずんと顔を近づけてくる宗像先輩に、珍しく東條先輩がたじろいでいた。うん、確かに近い気がする。先輩、興味深いのは分かるけど、もう少し離れてください。私はその言葉をどうにか飲み込んで、鞄からタッパーを取りだし声をかける。

「あの、今日はそれだけじゃなくて、飲み会用に色々持ってきたんですよ」

そう言いながらタッパーの蓋を開ける。宗像先輩はこちらを振り向くとタッパーの中を覗き込んだ。

「ん、これは煮物?」
「そうです、カボチャとカブのそぼろ煮ですよ。ハロウィンらしいでしょ」
「あー、まあジャック・オー・ランタンはカボチャで作るし元々はカブで作ってたっていうしな」
「そうですそうです、ちょっと調べたんですよ」
「でも煮物ってハロウィンっぽいか?」
「どうせ一日遅れですし」
「それもそうか」

会話を始めた私たちの裏で、宗像先輩の攻勢から逃れた東條先輩はほっと一息ついたように胸をなでおろすと、私と同じく鞄から食べ物を取りだしはじめた。ここに来る前にスーパーで買い込んできたお刺身などの海鮮物と、パックのご飯、それに手巻き海苔。もちろん缶ビールなども用意してある。

「はい、こっちも用意してきたから、お皿を準備して」
「なんですかこれ、手巻きセット?」

不思議そうに宗像先輩が聞いてくる。

「そう、今日、11月1日はなんと寿司の日なのよ。なので手巻き寿司パーティをしましょう!」
「もはやハロウィンどっか行っちゃいましたね」

苦笑いしながら宗像先輩は立ち上がると台所に向かい、カチャカチャとお皿の準備をし始めた。そのままなし崩し的に始まった宅飲み会は、ずるずると深夜まで続いた。

「ちなみに来週の土曜日は鍋の日だから、来週はここで鍋パーティね」
「俺の家を居酒屋と勘違いしてませんか?」

アパートを去り際に強引に宣言する東條先輩に対して、宗像先輩は半ば諦めたようにつぶやいたのだった。

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