浮世絵 ~かつてゴミだった美術品~
日本人が江戸の文化を急速に脱ぎ去ろうとしていた明治初期。
商店を営む吉田金兵衛は、もはや時代遅れとなった大量の浮世絵を前に軽いため息をついていた。
骨董とも芸術とも呼べないこれら浮世絵は全く売れず、売れたところで蕎麦一杯よりも安い。
「今日売れなければ捨てるか」と吉田はぼんやり考えていた。
そんな矢先、店にふらりと外国人が訪れる。
開国から時が経った今もって見慣れない異国の客人は、ひとしきり店内の浮世絵を見渡した後、理解できない外国語でしきりに何かを吉田に訴えかける。
どうやら浮世絵の値段を聞いているらしい。
どうせ捨てるモノで勘定も面倒だった吉田は「じゃあコレで」と指を一本立てた。
しかし、すんなりと支払われた金額は吉田を驚愕させた。
桁が一つ多い……
この話は急速に界隈に広まり、浮世絵は再生紙にするために放り投げられた古紙の山から美術市場へと引きずり出されることになる。
浮世絵というと、葛飾北斎とか歌川広重など何となく想像できる方も多いのではないでしょうか?
さて、では浮世絵ってどんなものでしょう?
多くの人は絵画だ、版画だ、芸術だ、果ては日本の文化だという方が多いかと思います。
だって美術館にありますから。
ですが、かつてはそうではなかった。
かつて日本で浮世絵は冒頭にあったように、一時の隆盛から廃れ忘れ去られた”視覚的な娯楽やメディア”でしかありませんでした。
日本人が割と知らない浮世絵、その市場価値について、簡易ながら(勝手に)ご紹介して参ります。
【そもそも”浮世”って? 浮世絵って?】
浮世絵って「浮世」の「絵」でしょ? ってのは分かりますが
「じゃ浮世って何よ?」と言われるとぶっちゃけ知らん、という人も多いかと思います。
簡単に言えば、浮世とは「現代」「今、この世」を表す言葉ですので
江戸(時代)の人々にとっての「今」を題材にしたモノ、を広い意味で浮世絵と言います。
なので描いてあるとか版画だとかは関係なく、下のような絵画も当世風の江戸の女性を描いているので浮世絵です。
ですが浮世という言葉は別に江戸より前からあり、鎌倉時代にも確認されています。
元々は「憂き世」という読みがなされていました。
これは「人生って死んで極楽に行くまでのクソゲー」という思想が蔓延していたためですが
江戸時代になり、かつてない平和(?)と経済発展が興るとそんなネガティブ思考から「極楽行く前に人生も楽しんじゃわね?」というパリピな思考回路に変わっていき「沈むより浮いてようZE?」的な発想から浮世という字があてられました。
主には江戸の文化や市井の情景や流行りものが題材となったため
今風に言えば「視覚メディア」であり「視覚的娯楽」であったと言えます。
【価格の異常高騰】
要は日本にとって浮世絵とは美術品ではなかったわけです(そもそも”美術”って言葉すらなかった)。
金銭価値的には
ラノベの挿絵部分を切り取ったものをいくらで買うか
を考えていただくと近い感覚です(版画の浮世絵の発端は本の挿絵)。
一般的な当時の値段として、大体今の価格で1枚150円前後くらいだったようですが、人気作家・人気作ともなれば4,000~6,000円で取引されることも。
それでも江戸時代の終わりと共にメディアとしての性能・コンテンツ面から
他の媒体にシェアを奪われた浮世絵は衰退の一途を辿り一気にオワコン化。
歌麿だろうが広重だろうが束でも売れないので、釜茹でにして再生紙にするなり捨てるなり…… という状況でした。
冒頭の話は、そんな折にあった実話です。
日本にとってはオワコンでも、新しい表現を追い求めていた西洋のアートシーンにおいて
長く鎖国していた謎の島国の意味不明な産物は新時代の逸品。
この時、吉田金兵衛の店を訪れたフランシス・ブランクリーは倍以上の金額で買う意志に加え
作家や作品を要望するなど既に質を判断できる市場があったことを伺わせます。
特に喜多川歌麿(歌麿については過去記事リンクを)はかなり重宝されており価格の推移は表の通り……
過去に書いているよう、現代でも一枚で1億円を目指せる代物があるなど
その市場価値は今でも成長をし続けています。
海外からの評価のおかげで、大衆メディアから美術品へと見事なクラスチェンジを遂げた浮世絵。
しかしながら、この国内外の価格差故に良品のほとんどが海外へ出てしまうという現代の浮世絵好き泣かせな自体にもなっております。
【現在地 浮世絵はマジで儲かる?】
雑に言っても浮世絵は儲かります。えぇ、めっちゃ儲かるらしいです。
誰しも必ず儲かる! ということではないですが、日本で言えば他の物故作家の日本画や洋画を扱うより圧倒的に儲かります。
要因は数あるのですが、やはり国外での市場がデカい。
国産で元々大量生産品なので探せばモノはある、国内でも売れるけど国外でも圧倒的に売れる、という複数の良質な市場があるため非常に高額取引がしやすい品物になります。
さらに大きな要素は、鑑定がない、という事。
美術品に対して「これ本物?」と思う人が多いように、真贋は非常に重要な要素ですが、一般的に浮世絵には公的な鑑定機関はありません。
つまり、正式にホンモノともニセモノとも言えないわけです。
そうなると素人判断では難しく、判断したところで誰も相手にしてくれないから専門家や老舗の業者の意見を伺ったりする訳ですが
その意見も決して公式のものではないので割と言いたいことを言われます。
「状態が悪いですね」とか「コレは後年の複製ですね」など意見をくれますが”あくまでご意見”。
所有者が「あぁ、そうなのか」と安価でその相手に売って、実はシャレにならないほど高く売れるものだった、みたないことでも誰に罪もない。
浮世絵のこうした判断や相場というのはかなり難しく
二束三文で仕入れてシャレにならない価格で売れる、というのが鑑定も相場も明確になってる作家よりは多くあります。
そして美術業界は狭いうえに、さらに国内、浮世絵界隈となれば猶のこと。
一度”ご意見を伺う”と業界に一瞬で情報が広まりますので、「10社ぐらい相見積もりとったるぜ」みたいな感じの人は大抵徒労に終わります……
今でこそ日本の芸術・文化とされる浮世絵はかつてはオワコンであり
それを芸術・文化に押し上げたのは海外の評価あってのものでした。
それがやがて印象派や歴史に残るムーヴメントに影響してくることを考えると
何がどこで、何に作用するのか分からない、という世界の面白さを痛感させられます。
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