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呪術海鮮/白湯子の証言──「或る芸人の話」第三部

私、本当は目撃したんです。あの日、亀東ヶ崎高校のグラウンドで。「海鮮市場」の敗北と「まり使い」の優勝、それとUkyouさんが能力を発現するのを。ええ、確かにUkyouさんは踊っているようにも震えているようにも見えました。そうです! まるで啓示を受けた猿、まさしく私の故郷の村の聖なる力を持った知性猿、ラブィのようでした。私、驚いてしまって、その場に立ち尽くしていたんです。そうです! ラブィは本当に力を持っていました。私は見たんです。ラブィが、現代医学では治せないはずの病気を治癒させるところを。でも、ラブィはいんちきだと罵られ蹴られ石を投げられ、村を追い出されてしまいました。その日、村の若者が一人、崖から落ちて亡くなったのです。彼は笑いながら落ちていったので、誰も後に彼が死ぬとは思いませんでした。大人たちに運ばれ、大きな傷を負ってラブィの元に辿り着いた瀕死の彼は、猿であるラブィを見てげらげら笑いました。畜生に治せるものか?医師免許はあるのかい?笑笑 ラブィにとって治せないものはラブィを舐めている者、馬鹿にしている者、自らが治ることを信じる気が無い者でした。若者はいずれにも当てはまりました。気分を悪くしたラブィは、手当てを放って、喫煙所へ行き、きなこ棒を吸い始めました。鼻から。その時ちょうど若者は息絶えたのです。当然、きなこ棒休憩=手抜き=若者の死という繋がりが成り立ち、ラブィは反論の余地もなく、村人総出で追放されました。私は思うんです。Ukyouさんが言う「インモウゾリ」はラブィなんじゃないかと。私の村と骨折村は山をひとつ挟んではいましたが、隣の村同士でした。ラブィはその時山を登って隣の村に難民として向かったのではないでしょうか。「インモウゾリ」と同じように、ラブィは人間の陰毛を抜くのが好きでした。私たちはラブィに治療してもらう代わりに陰毛を抜かせてあげるのでした。そして私は思うんです。ラブィの力が原因でUkyouさんの能力も発現したんじゃないかと。Ukyouさんとラブィは「混ざって」いるんじゃないかと。だって、あの時グラウンドで踊りながら震えているように見えたUkyouさんの姿は、ラブィが祭りの時になるといつも踊っていた「汗幽鬼の舞」に似ていたのですもの! 激震する身体! ラブィは祭りが大好きでした。その、「汗幽鬼の舞」は祭りではすべての人が平等であること、すべてはひとつである、ということを示すようなものでした。村の周縁の者ら、追い出された者、全員が加わって内部と外部が混ざり合っていました。私の村の自警団、蹴鬼侍は骨折村とは違って、その時もなお存続していました。その、蹴鬼侍と村から外れた者らがラブィを取り囲み、みんな一緒に「汗幽鬼の舞」を踊る、これが私たちの村に1000年以上前から続く習俗でした。それが、故郷を遠く離れた都会の亀東ヶ崎高校のグラウンドで再現されようとしていたのです。これは私の推理ですが、Ukyouさんがあの場を塗り替えたんじゃないでしょうか。バークレー高橋の「バックれ」が作用しなかったのはUkyouさんの能力のせいじゃないでしょうか。私、思うんです。あの卒業文集の文章は嘘だと。もしくは彼が気づいていないだけでしょうか。
(書き起こし終わり)

 上記は、ブッダ中村こと中村楓汰が、山手線五反田駅〜目黒駅間で偶然出会った高校の後輩白湯子が捲し立てたのを録音し、書き起こしたものである。水曜の夜、数年ぶりに中村からメールがあった。

件名:ちいさくて川島、ちいかわ
土曜に会えないか?それと、俺たちもう一度、お笑いで飯食おうぜ。

ブッダ中村


 メールの文章はこれだけで、音声ファイルが添付されていた。それが上に書き起こしたやつだ。僕と中村のコンビ、「海鮮市場」はお笑いで賃金を得たことはなかった。むしろエントリー費、ネタ中の誹謗中傷による訴訟、慰謝料などマイナスだった。中村が頭が足りないのか、ふざけて言っているのかわからなかったが、僕らは新宿の喫茶店で会うことにした。土曜、中村は2時間遅刻して待ち合わせ場所に来た。中村は席に着くなり、話し始めた。

「確かな筋から聞いたんだ。この世はある「軸」を中心にして対称につくられているらしい。仕事バックれなかった高橋っていうピン芸人がいるだろ。あいつはお前のちょうど反対側に存在するお前だっていう話だよ。二人がもし出会ってしまうようなことがあると、まずい。お互いが相手を吸引しあってその衝撃で光とともに消滅するか、混ざりあってひとつの新しい存在が出来上がる。確かな筋から聞いたんだ。それで、俺とお前でもう一度お笑いで飯を食うために、バックれなかった高橋を消す必要がある」

 そう言うと中村はそっとTシャツを捲りあげて、腹に巻いたダイナマイトを僕に見せ、ニヤリと笑い白い歯を顕にして、「仕事バックれなかった高橋」がネタをしているバティオスの方角へと走っていった。

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