三人展《シェイクスピアの妹たちの部屋》|巻頭詩&エッセイ|森山 恵|シェイクスピアの妹たちの部屋
ジュディス・シェイクスピアは、ヴァージニア・ウルフが《A Room of One’s Own 私ひとりの部屋》で描いた、架空の人物です。文豪シェイクスピアと同じように「冒険好きで、想像力に富み、世界を見たいと渇望」する少女。もしそんな人物がいたら。けれど女の子である限り、教育を受ける機会は与えられず、ましてや書くことなど許されるはずもありません。家事労働を強いられます。それでもジュディスは夢抑えがたく、兄のウィリアムのような役者・劇作家を目指して17歳で出奔します。
ロンドンで待っていたのは、差別と嘲笑と屈辱でした。ジュディスの内に秘められた才能と情熱は生かされることなく、やがて彼女は失意のうちに命を落とすことになるのです。これがウルフの仮想した16世紀の女性の運命でした。
21世紀を生きる私たちは、ジュディスが探し求めながらも見つけられなかった部屋、想像力を羽ばたかせ、創作へと駆りたてる部屋を獲得できたでしょうか。
いまここに、ひとつの部屋があります。
菫色の部屋です。壁にはリーフ模様に縁取られた楕円形の鏡があるとしましょう。その鏡の面がゆらいで現実をゆらめかせ、私たちを想像の異世界へ誘ってくれます。そこはあなたひとりの部屋。孤独なひとりの部屋。創造を促す場所です。また同時に、美しいものと出会える空間でもあります。こころの深いところで、私たちを熱し、励ますものたち。現代のジュディス・シェイクスピアが創造した作品たちと出会えるのです。
私ひとりの部屋を持つこと。それはいまだ叶わぬことかもしれません。けれど希望を携えて生きたジュディスたちのためにも、どんな場所も自由の場に変容させたい。彼女たちの魂を受けとりながら、力づけられながら、創造の技へと進んでいきたい。いまもまだ途上にある、けれど見出したこの場所で、私たちは過去からの精神を受け継ぎ、ささやかであっても何かを創り出す。ジュディスの、ヴァージニア・ウルフの末裔として、彼女らの魂をこの両手に受け取り、その妹として生きたい。それが私たちの願いではないでしょうか。
引用|ヴァージニア・ウルフ『自分ひとりの部屋』片山亜紀 訳(平凡社)
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