モヤモヤ買取サービス・Pridece（プライディース）

　金が入り用、とはよく言うが、絶対にキャッシングは手を出さない。とはいえ、少しでも金銭に余裕を持たせなければ、今後の生活計画に支障を来す。
　安定を捨てた身なのに、将来のことを憂うハメになるとは―それもまた、人間の性故なのだから致し方ない。物の整理は何遍もやってきたが、売れそうなやつは何も残っていなかった。

　金を作るには、物を売るのが一番良い。だから今まで、不要品を作って質に入れたが…今はひとつもない。あるのは布団とテーブル、備え付けのエアコンに、身体を洗う石鹸類に歯ブラシセット、あとは5日分の洋服と下着、あとはスマートフォンだ。現代的な人間生活を送るための必需品が部屋の隅っこに置かれている。スマホだけは、肌身離さずに持っていた。

　今すぐにも、金が欲しい。そのためには、何かを売らなければならない。
　SNSで物の売り買い情報を見ていたら、ある広告がTL上に現れた。

『物品・写真、一切不要！　そのモヤモヤ、私達が買い取ります。プライド・感情買取サービスPrideceプライディース』

　タップしてみると、それは新たな買取サービスアプリだった。
　ストア詳細によると「Prideceは自分の中にある不要な感情・プライドをアプリに入力するだけで金銭を得られる」ということで、物品の用意は必要ないらしい。既存のフリマアプリ同様に、必要なのは口座情報と身分証明書だけ。怪しさ抜群だったが、金銭欲が勝ったがためにインストールボタンを指で押した。

　Prideceは必要事項の入力を求めてきた。
　名前・性別・職業・居住地といったごく基本的な情報を入れていく。次へボタンを押すと、本題をいきなり突いてきた。

『不要な感情・プライドとその理由を教えてください。（※箇条書きで構いません。）』

　入力スペースは、これでもかというほど長かった。それもそのはずで、10万字まで書けるようになっている。文字数をここまで設定する必要はないように思った。しかしこれは正解だと思い知らされた。

　早速、指でスペースをタップし、キーボードを滑らせる。
　一番最初に思い浮かんだのは…信頼心。これまで出会った人々が総じて攻撃してきたから。おかげで人を信じることができなくなったので、捨てるにしても金銭に変わるなら喜んで差し出そうと思った。
　次は自責…いないほうが上手くいくんじゃないかと思える出来事がとても多かったから。
　依存心…信頼しようと思ってやったことが依存に変わっていたから。

　次々と溢れる「いらない感情」が入力されていく。
　文字をスライドする指が止まらない。過去のフラッシュバックが連動し、白い画面が黒く染まっていく。

　マイナス思考…プラス思考でいられ続けるなら今すぐにでも金銭に変えたい。
　罪悪感…本当に自分が悪くないのなら感じる必要はないし、あるだけ邪魔。
　劣等感…最も劣っているのが自分だから。
　承認欲求…埋めても埋めても欲しくなるからいらない。
　嫉妬心…自分で手に入れようと画策しても手に入れられなかったから。

　残り99841文字。これで最後にした。

　喜怒哀楽…これがなければつらい思いをしなくて済む。とにかく金が欲しい。

　いろいろと出し尽くしてしまった感はあった。だが、あと150文字書けば手に入れる金が増える。正味99876文字。我ながらここまで出るとは思わなかった。
　しかしこれで金が手に入ると思うと笑みがこぼれる。期待と希望を胸に、買取確認ボタンをタップすると―数時間もしないうちに指定口座に金が振り込まれた。宝くじを当てたような額で、滞っている支払いを済ますことができた。

　金があると安心する。贅沢まではせずとも、もしもの時に備えられるから有用だ。
　Prideceを使ってから、自ずと羽振りは良くなったかもしれない。だが、これで幸せかと言われたら―正直、良く分からない。

　何も感じないのだ。

　金が入った途端、預金の数字が増えた時に感じる得も言われぬ幸福感がまるでなく、生活もすっかり味気なくなってしまった。特にやることもないので、久しぶりに就職活動をして会社勤めをするようになったし、叱責や悪意ある目を向けられても何も思わなくなった。
　唯一手に入れたのは、サービスを使わずに捨てたはずの「安定」だった。

　Prideceを使った感想としては、一攫千金を狙うにはこれ以上ないほどもってこいで、過剰な通知もなくストレスフリーで使えるアプリだ。星を付けるとすれば、文句なしで5つ星に相当する。
　裏腹に、ストアでの評価は3.5と辛めだった。その証拠に、星1を付けたユーザーのレビューを抜粋する。

『お小遣い稼ぎに使ってみました。自分の感情を買い取ってくれるとのことで、会社で嫌なことがあった時のストレスを出してきましたが、妻から顔色が悪いことを心配され、病院に行くよう勧められました。とても素晴らしいサービスだとは思いますが、結果働けなくなってしまったので、良い人は良いのかな…という感じです』

　過剰なプライドを整理して金が手に入ればそれに越したことはない。
　どんなに散々な点数を付けようとも、使用者は必ずこう文言を付ける。

『Prideceは本当に素晴らしいフリマアプリです』