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掌編小説【年越しそば】

お題「大晦日」

【年越しそば】

「ねぇ、おかあさん、年越しそばってなに?」
「人間が大晦日に食べるものよ」
「ぼくたちも食べたいな」
「いったい誰にそんなこと聞いたの?」
「早耳ウサギさん。ウサギさん張り切ってたよ。来年は自分の年だからって」
お母さんギツネは首を振りました。キツネには関係ないことだわ。
「人間に化ければ食べに行けるんじゃない?」
「そばなんかより、むしろウサギを…」
と言いかけたお母さんギツネでしたが、並んで座った双子の坊やが、同じ向きに首をかしげて自分を見上げている様子が可愛らしくて、つい微笑んでしまいました。
「そうねぇ。たまにはお出かけしましょうか」
双子の子ギツネはパッと顔を輝かせました。
「わぁい!」
お母さんギツネは、巣穴の奥に置いてある壺から本物のお金を出しました。
「葉っぱだってバレると大変だからね」
お金は近くの稲荷神社の賽銭箱からちょっとずつ集めているのでした。こんな時のために。
三匹は上手に人間に化けると(子どもたちはもちろんお母さんに手伝ってもらって)、雪の中を街まで降りて行きました。
「ああ、降りてから化けるんだった。人間の姿で山を歩くのは大変だわ」
お母さんギツネはそう言いましたが、子どもたちは両手を使えるのが楽しくて、丸めた雪玉を投げ合ったりしながら歩いていきました。そして、ようやっと街に着いた頃にはもうすっかり日も暮れていましたので、お店はほとんど閉まっていました。
「おかあさん、おそば屋さん終わっちゃった?」
子ギツネたちは心配そうです。
「まだ開いてるでしょうよ、大晦日だもの」
お母さんギツネは昔のことを思い出していました。街へは双子のお父さんと一緒に来たことがあったのです。人間に化けて。あの時はきつねうどんを分け合ったっけ。
お父さんギツネはこの夏、猟師に打たれて死んでしまったのでした。でもキツネは人間ほど昔のことにはこだわりません。お母さんはすぐにお父さんのことを忘れておそば屋さんを探し始めました。
「あ、お母さん、いい匂いがするよ!」
子ギツネが指さす方を見ると、『そば』という暖簾をかけた店がありました。
お母さんギツネは暖簾をくぐって戸を少し開け、声をかけました。
「あのー…かけそば、一人前なのですが…よろしいでしょうか」
子ギツネたちは後ろから心配そうにお母さんギツネを見上げています。
「ええ、どうぞ」
女将は愛想良く答えて厨房に向かって叫びました。
「かけ一丁!」
三人をチラッと厨房からのぞいた主人は、そばを少し多めに茹でてかけそばを作りました。
そばがテーブルに運ばれると、三匹は頬を寄せ合って一杯のかけそばを分け合いました。
「おいしいね」
「おかあさんもお食べよ」
子ギツネが一本のそばを母ギツネの口にもっていきます。ちゅるん。
「ごちそうさまでした」
お母さんギツネはポケットから十円玉を四十枚取り出して女将に渡しました。なにしろお賽銭ですから。ああ、足りてよかったわ。お母さんギツネはホッとしました。

お母さんギツネと双子ギツネは、分け合ったそばでほかほかとお腹が温まりました。双子たちは再び雪玉を投げ合ってはしゃぎながら、山に帰って行きました。
「お母さん、おいしかったねぇ。来年もまた来ようねぇ」

…その頃、そば屋では。
「ねぇ、あんた…。今どき『一杯のかけそば』なんてねぇ」
「ひやかしかもと思ったがなぁ。十円玉貯金なんて…泣かせるぜ」
「来年はうちも『子ども食堂』やりましょうよ」
「そうだな」

おわり (2022/12/31 作)

…ちょっと(かなり)なつかしい『一杯のかけそば(栗良平・著)』。
ほんのりパロり。記憶の引き出しからポロリ。
お若い方はご存知ないかもですが(;・∀・)

今年は九月初旬にnoteを開始して以来、楽しい毎日を過ごさせていただいています。
ご縁いただきました皆様にも感謝です☆
みなさま、どうぞ良いお年をお迎えくださいませ。
そして来年もよろしくお願いいたします(*´ω`*)

こちら↓も実は年末を題材にした、二年前に書いた作品です。
最初の頃に投稿したのでほとんど読まれてません…(;・∀・)
よろしければ… (読み直すと『一杯のかけそば』っぽぃ話でした・笑)


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