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掌編小説【発光体】

お題「コロナウィルス」

「発光体」

ぼうっと光る発行体が僕の脇をすり抜けていった。今は冬だ。まさか蛍?
ふと気づくと周囲にはいくつか発光体が浮いている。僕はそっと近づいてよく見てみようとした。
その時「危ない!近づくな!」と声がした。
僕は驚いて身を固くする。
「それはコロナウィルスだ。近づくと感染するぞ」
防護服に身を包んだ男?らしき人が遠くで叫んでいる。
「え?ウィルスなんて・・・目に見えないでしょう」
「それは変種なんだ。それを一つでも体内に入れてしまったら、君は人ではなくなる」
「どういうことですか?」
「そこに浮かんでいる発光体は全て元々は人だったんだ・・・。ウィルスに感染して発光体になってしまった。それはどんどん仲間を取り込んで大きくなっていく」
「え?すみません、意味が・・・」
と、言う間もなく、僕の口に発光体が飛び込んできた!
「あ!」防護服の男は走り去っていく。助けてくれないのか・・・僕は倒れ込む。
発光体は僕の身体を内側から焼いた。だが不思議と痛くない。ただ「焼かれている」感があるだけだ。
目の前が白く光っている。全方向が一度に認識できる。前にも後ろにも横にも何があるのかわかる。僕の身体(といえるのか?)は宙に浮いていた。
一つの発光体が近づいてくる。僕のすぐ近くに来て微笑む(ように見えた)。
「ねぇ、私と一緒にならない?」
「君はウィルスなの?僕はさっきまで人間だったんだ。今はこんな・・・どうしていいのかわからないよ」
「もう考える必要なんてないのよ。ウィルスはとってもシンプル。ただ仲間を増やして最後は明るい星になるの。もう考えたって仕方がないのよ」
「明るい星?」
光る彼女(らしい)は僕の身体というか、僕という発光体にぴたりとくっ付いた。
彼女の意識が僕と一つになるのがわかった。溶け込んだ彼女は僕の中でふふふと笑った。
もうウィルスなのになぁ、と思いながらちょっとうれしい僕。
それからも次々とたくさんの発光体とくっ付いていった。次第に「男」「女」「子ども」とか区別することもできなくなって、時には「これ、おっさんかも・・・」と思いながらも抵抗せずに溶け合っていった。とにかく僕はもうウィルスになってしまったのだ、なるようにしかならない。
時には「人」も取り込みながら僕たちはどんどんつながって光を増していった。
そしてどんどん上昇していく。
高い高い所から見下ろす地球にはすでに人がいなかった。
「僕たちどこに行くんだろう・・・」
すでに何億という発光体が溶け合った集合意識の中で、かろうじて僕らしき意識はそう考えた。
僕たちは輝きながらどんどん上昇していく。地球は青い。人がいなくなってさらに美しく澄み渡っていくようだ。僕たちは地球に見捨てられたのだろうか・・・
そう思った時、どこからか声が聴こえた。

「人が地球で遊べる時間は終わりました。これからは皆で新しい星になりなさい」

太陽を通り過ぎる時、コロナウィルスが太陽から生まれてくるのが見えた。
太陽からは慈しみに満ちた意識が感じられた。慈しみ、あるいは悲しみ。

太陽系は視界から消え、宇宙の闇の中で僕たちは発光しながら上昇(あるいは下降)を続ける。
ある時、一つの小さな塵が僕たちの周りを回り始めた。
そしてまたしばらく経つと、また小さな塵が回り始めた。くるくる、くるくる。
僕たちは発光し続ける。小さな塵は増えて、それぞれ丸く小さな星になった。
長い長い時が経ち、小さな星の一つに生命が生まれた。
ああ、僕たち新しい太陽になったんだね。「そうよ」「そうだよ」「新しい地球を照らすんだ!」
僕たちは喜びに満ちて笑い声をあげた。
でも、いつか僕たちは悲しみを知るのかもしれない。それを最後に僕の意識は消えた。

おわり (2020/3 作)

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